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Love too late:揺れる想い4
***
決意も新たにリビングに戻り、桃瀬が作ってくれたスタミナ餃子を焼いて、テーブルにセッティングすると、夕飯の始まりだ。
「あ、その変な卵焼き、食べないでください……」
「何でだよ、勿体無いじゃないか」
(いかーん! いつものクセが出て、つい不機嫌モードで喋ってしまった)
「でも……俺の作ったのは、すっげぇ美味しくないし」
「まぁな。美味しくないのは承知の上だけど、お前が一生懸命作ってくれたんだし、あり難く戴くよ」
パクパクと口に運び、ご飯を突っ込んで味が分らないようにする。
とにかくもっと甘い雰囲気にせねば。むーっ、太郎が喜びそうなネタ、何かないかな?
「あ……」
「どうしたの、タケシ先生?」
「お前、絵が上手いんだな。学校で、美術部に入っているのか?」
今日あった出来事を走馬灯のように思い出し、やっと見つけることに成功!
「妹の面倒見るのに、よく絵を描いていたから。リクエスト受けてた関係で、模写が得意なんだ」
「そうなのか。絵心がないから、羨ましいと思う……」
――会話が続かない。いつもなら別な意味で。もっと盛り上がるのに。
「なぁ……さっきから、どうしたのさ?」
「な、何が?」
猜疑心を含んだ目で、俺をじっと見つめる。
「俺のこと、ムダに持ち上げようとしてる。まるで、やましいことでも隠そうとしてるみたい」
(ギクッ!)
「お前に隠し事するって、何をだよ。がっ、頑張ってる姿を見て、褒めない方がおかしいだ、ろ?」
口が回らなくて、言葉が変に上滑りする。焦ってるお陰で不味い卵焼きに、さくさく箸が進んだ。味なんて全然分りゃしない。
「だけど、さ」
「本当にお前は、すごいって思ったんだ。その……俺がはっきりと無理だって言ってるのに、臆することなく押しの一手で、一生懸命に迫ってきて」
「タケシ先生……」
どうしよう、顔が熱くなっていく。そんなにじっと見ないでほしい。
「う……はじめは、すっごく迷惑だって思ったけど、途中からいろいろ持て余しちゃって、どうしていいか本当に分らなくて、冷たい態度ばかりとっていたよな」
甘い雰囲気にすべく、台詞を用意していたワケではない――零れるように、次々と言葉が出てくる。
「まぁ結構、グサッときたりしたけど」
「それは、悪かったと思ってる。お前に好かれて、その……嬉しいと感じているのにな」
最後の卵焼きに箸を伸ばして口に放り込むと、噛まずににゴックンと飲み込んだ。
「ご馳走様でした!」
きっちり両手を合わせて、心を落ちつかせるべく数秒間、合掌をしてから立ち上がり、キッチンで食器を洗ってから、素早くタオルで手を拭う。
「じっ、じゃあ、もう寝るわ。おやすみ……」
「も早っ!?」
「ああ。忙しくて、今日は疲れちゃったから」
自分が何を言ってしまったのか……何をやらかしてしまったのか。考えるだけ恥ずかしいので、逃げるようにリビングを後にした。
そんな俺のことを、太郎はどう思ったのだろうか。
頬に熱を隠すべく、さっさと寝室に入って背中で扉を閉め、はーっと大きなため息をつく。
「何やってんだよ、まったく……」
呆れてモノが言えないとは、このことだ。極上の甘い飴をくれてやると決心したものの実際、太郎を持ち上げるのが精一杯だった。――甘さのカケラすらない。
「考えたら俺、普段から太郎がベラベラ言ってるような言葉を、使ったことがなかったんだよな」
今まで付き合った彼女には――
『周防くんって、ちょっと冷たいよね。いい雰囲気になっても、現実に引き戻すようなこと、わざわざ言うし』
なぁんて指摘され、あっさりと振られていたのだ。現実に引き戻してしまうのは自己回避術で、好きで言ってるワケではない。
そういう雰囲気を、ひしひしと肌で感じ取り――ヤバイ! 何か言って場を盛り上げなければと変に慌てて、結果的に目の前に映った彼女のマイナス面を、ズバッと指摘してしまうという、負のスパイラルに陥ってしまうだけなんだ。
今回は事前に計画を立てていたので、マイナス面を指摘することは、何とか回避されたが、思っていたのとはちょっと違ってしまった。
「もっとちゃんと、自分の気持ちが伝わるようなことを、すんなりと言えれば良かったのにさ。あんな中途半端な言葉じゃ、小さな子どもしか喜ばないだろ……」
不器用な恋愛ばかりをしてきたツケが現在、回っているような気がする。
しょんぼりしながら、ごそごそと布団にもぐった。
いつもバレないよう心の奥底に想いを隠し、自分を偽って本音が言えないでいた。だけど太郎にははじめから、素の自分でいられたんだよな。これまた不思議なんだけど。
――出会い頭、ここにキスをされて。
病院前で出逢ったときのことをぼんやりと思い出しながら、そっと右目尻に触れてみる。
『ああ、そうだよ重病人だわ。アンタに恋をした、一目惚れだから』
偉そうな顔して堂々と告げられた告白に、驚きを隠せなかった。こんな俺の、どこがいいんだよ!?
そう思った途端に呆れ果てて、素の自分で対応しちゃったんだっけ。
そして太郎に翻弄されまくり、いつしか抱きしめられるそのぬくもりを、心地良いと感じてしまって。
いつも誰かが自分の横にいる――それが日常で当たり前だと、今は思ってるところがある。はじめは、不快しか感じられなかったのにな。
掛け布団をぎゅっと握りしめたとき、ギギッと扉が開く音が聞こえた。そして息を殺しながらソイツは布団の中に、ゆっくりともぐり込んでくる。
寄り添うように横になり、寝たふりをした俺の右目尻に、そっと唇を押しつけてきた。
「好きだよタケシ先生。今日はすっげぇ嬉しかった」
ベッドの中で横になっているのに何故だか、酷く頭がクラクラする。一気に心臓が全速力でバクバクと駆け出して、激しく脈を刻み始めた。
あんな子供騙しみたいな言葉に、まんまと踊らされやがって――やっぱり、まだまだガキなんだな。
「いつも通り顔は怒っていたけど、あんなにほっぺた真っ赤にして言われたら、俺のこと好きだって勘違いするぞ?」
「ブッ!?」
あり得ない言葉に思わず吹いてしまい、口元を押さえたが既に遅し……
「やっぱ起きてたんだ。ここにキスしたとき、まぶたが微妙にヒクついてたから、もしかしてって思ったんだ」
言いながら右目尻を、人差し指でツンツンと突っついた。
「で、さっきのは一体、何を考えて言ってくれたワケ?」
わざわざ俺の耳元で喋り、艶っぽく笑ってる様子が、声色で何となく伝わってくる。
「……さっきのって、何だ?」
「お前に好かれて嬉しいって、言ってくれたじゃん。あれって、本心なのかなって」
心の中にいるもうひとりの自分が「大変だ、どうしよう」と右往左往し、慌てふためいてる様が見え隠れしていた。
恋と分類するにはまだ早いような――微妙すぎる心のせいで、見事に言葉が詰まった。苦手だったヤツが、いいヤツになっただけなのだ。
「お前がとりたい様に、勝手に受け取ればいいだろっ」
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