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Love too late:恋するキモチ2

「こんばんは!」 「ちーっす、相変わらず仲がいいんだな」  キレイ目男子と、桃瀬が店の前で待っていた。  そんなふたりの前に手を繋いだまま現れたのは、仲の良さをこれでもかとアピールするためだったんだけど――照れてしまったタケシ先生が、その手を無理矢理解いてしまう。 「仲がいいワケじゃないよ。病み上がりのコイツが医者の俺がいるのに、道端で倒れたりしたら、それこそ洒落にならないでしょ」 「へえぇ、なるほどねぇ」 「周防さん、本当に面倒見がいいですね」  そんないいわけも桃瀬は置いておいて、このキレイ目男子には通用してないって感じ。口元を押さえて、意味深な笑みを浮かべているから。  俺としてはもっとタケシ先生との関係を、これでもかと甘いものにしたかった。食ってもいないというのに胸焼けがするとか、ワケの分からないことを言って見事、全部蹴散らしてくれる。  そのままキレイ目男子の顔を見続けていると、いきなりペコリと丁寧にお辞儀をされてしまった。 「はじめまして。郁也さんと一緒に暮らしてます、小田桐と言います」  次の瞬間タケシ先生に、バコンと後頭部を強く殴打されてしまう。 「一番年下のお前が、先に挨拶しないでどうするよ?」 「怒らないであげて下さい。僕がいきなり挨拶したんですから」 「でも……」 「挨拶が遅れて、本当にすみませーん。タケシ先生のカレシです」  またもや容赦のないタケシ先生の殴打が、俺の後頭部を襲った。 「何、言ってんだ! きちんと自分の名前を言って挨拶しろ」  いちいちそんな、激しい照れ隠しをしなくてもいいのにさ。 「タケシ先生のカレシの太郎でーす、はじめましてでーす」 「お前――」 「ふふふ。本当に面白い人だね、太郎くんって」 「面白いというか、頭おかしいんだコイツは! どうして本名で挨拶しないんだよ」 「本名よりも、タケシ先生に付けられたこの名前のほうが、気に入ってるから。可愛がられてるって感じするし」 「可愛がってなんていないんだからな。お前みたいなバカ犬は、俺は知らん!」  怒りまくるタケシ先生をしっかり無視して、向かい側のふたりが声高々に、俺らの様子をそれぞれ口にする。 「周防が、こんなに簡単に翻弄されてる姿、すっげぇ貴重だろ」 「確かに。最初から、こんな感じだったの?」 「ああ、もう驚くしかねぇだろ」 「本当だね、これはすごいや」  言いながらタケシ先生を見やると、余計怒りに火がついたのだろう――というか、もしかして激しくテレている? 「そこのふたり、一体何の感想、楽しげに語り合ってるんだい? そろそろ店に入るよ!」  イライラしてるタケシ先生の後ろで、ニヤニヤする俺と、含み笑いをするふたり。  ここまでアピールしておけば、いらない心配をしなくていいだろうって思ったのに。店内に入ると一転、店の中にいるヤツラが、俺たちをジロジロと見てきたんだ。  ――それはしょうがないと思う。  俺以外の方々は、世の中からイケメンと言われるであろう類だから。つぅかレベルが高すぎて、引き立て役にもなりゃしねぇ……  そんな投げつけられる、好奇な視線を無視して(見られ慣れてるのか?)四人で着席し、メニュー表を広げて、各々食べたいものを注文した。  というかドリンク以外、俺の頼みたい物を全部無視して、勝手にテキパキと注文してくれたのは、何故なんだ?  程なくしてタケシ先生の生ビールと、俺らの飲み物が運ばれてくる。 「とりあえず、乾杯しちゃおうか。太郎、みんなに挨拶しな」  言いながらタケシ先生に、肘でつんつんと突かれたが―― 「え~っ、何言えばいいか、全然わかんねぇ」  本当に、何を言えばいいのか分からなかったからそう口にしたのに、そんな俺を白い目で見て、頭を抱えるタケシ先生。  こんな場面に慣れていないから、しょうがないじゃないか。 「ももちん悪い。代わりに挨拶してくれない?」  右手で頭を抱えながら、向かい側にいる桃瀬に頼むと、喜んでジョッキを掲げた。 「おー、いいぞ。太郎退院おめでとう! あと、周防と恋人になれて良かったな。末永く付き合ってやってくれ、乾杯!!」 「かんぱーい!!」  四人でカチンとジョッキを鳴らし、派手に乾杯。桃瀬の言葉のお陰で、暗い雰囲気も払拭され、みんなが笑いながら飲み物を口にする。  ふと目の前にいる小田桐さんと目が合って、疑問に思っていたことを聞いてみようと思った。 「あの小田桐さんって、コイツのどこが良くて、付き合ってるんですか?」  俺の質問で目の前にいる桃瀬が、一気に不機嫌そうな顔をする。 「コイツ――何気に酷い」  唇を尖らしながら文句を言う桃瀬に、隣にいる小田桐さんがふわりと、柔らかく微笑んできた。 「太郎お前、ホント口の訊き方なっていないよね」  そしてタケシ先生にも、何故か突っ込まれる。だって、あんなハチャメチャな絵を描くコイツを、今更桃瀬さんとは呼びたくない。 「だってさコイツ、顔はいいけど、すっげぇ鈍感じゃん。一緒にいて、イライラしないのかなって思ったんだ」 「そうだね。結構鈍感だけど、そこもひっくるめて全部が好きなんだ」  小田桐さんが瞳を細めながら嬉しそうに答えると、隣で飲み物を飲みながら桃瀬が思いっきり、ブッと吹き出した。  おーおー、イケメンが台無しになるくらい、顔を赤くさせているぞ。 「大丈夫? 郁也さん」 「……涼一、盛大に告白しすぎだ。バカ」  口元を拭いながら視線を彷徨わせ、落ち着きのない桃瀬の様子に、タケシ先生もゲラゲラ笑いこけながら言い放った。 「ももちん、超テレちゃって、すっごく可愛いねぇ」  どこが可愛いんだ、タケシ先生のほうがずっと可愛いのに。 「全部が好きって、下手っくそな絵を描くトコも含めて?」  あんな不気味な絵を描くトコなんて正直、俺としては引いてしまうのだけれど。 「う~ん、そうだね。お互い出来ない所を、補い合えばいいかなと思うんだ。そういう太郎くんは、周防さんのどこがいいのかなぁ?」  この人――結構侮れないかも。何かを探ろうとしてるのか? 「その質問に答えるよりも、タケシ先生に俺のどこが好きか、聞いてみたほうがいいんじゃないですかね。みんな、知りたいんじゃないの?」  小田桐さんの質問をタケシ先生にしてみると、さっきの桃瀬みたく眉間にシワを寄せて、途端に不機嫌になった。 「そんなこと知ったって、涼一くんみたいに面白くも何ともないよ」  あちゃー、俺を含めてみんなが知りたいことなのにさ。  気落ちした俺らを無視して、グビグビとビールを一気呑みしたタケシ先生。 「――まぁまぁ。周防またビールでいいよな? すみませーん、生一つお願いします!」  意味深に笑いながら店員さんにビールを注文した桃瀬は、隣にいる小田桐さんに何かを耳打ちした。何かの作戦なんだろうか?  いたずらっ子みたいな顔して、目の前でイチャイチャされたとき、注文した食べ物が、タイミングよく運ばれてきた。  何でこんなに野菜の盛り合わせが、注文されているのだ? これって、肉の倍はあるじゃないか。  正直俺、野菜関係苦手なんだけど。肉が食べたくて焼肉屋を指定したのに、これじゃあ野菜を食べに来たみたいだ。  顔をこれでもかと思いっきり引きつらせる俺を無視して、タケシ先生と桃瀬が一生懸命に、野菜だけを焼いてくれた。 (どうして、肉は後回しなんだ?) 「太郎、シイタケが焼けたら、ちゃんと食べなよ。シイタケの中には、レンチナンとβーDグルカンがあってね。レンチナンは癌細胞の増殖を抑える効果があるし、βーDグルカンは、免疫力を高めるんだよ」  さすがはタケシ先生、何でも知ってるって感じだな。 「それと一緒に、こっちのピーマンも食っておけ。色物野菜は、ビタミンが豊富に含まれてるんだからな」  ――桃瀬のヤツ、もしかしてタケシ先生と競ってるのか? 「ピーマンのビタミンよりも、カボチャの方が効果的だから。一緒にβーカロチンやポリフェノールが、いい感じで摂取出来るんだよ。免疫力をアップして、再発防止に備えなきゃならないんだからね」  やがて焼かれていった野菜たちが、どんどん俺の皿の上に、うず高く積まれていく。  どうしよう、こんなに食えないよ。シイタケは一口、ピーマンは半身が限界だ―― 「あの太郎くん、早く食べたほうが美味しいと思うよ」  なかなか手をつけない俺に焦れたのか、小田桐さんが声をかけてきた。 「俺、野菜キライ。食べられない……」  隠しきれないと観念して事実を言うと、タケシ先生と桃瀬がピキーンと固まる。 「お前、一緒に暮らしてたとき、普通に食べていただろう?」 「や……その実は――コッソリ残してた」  俺の言葉を聞いて、相当ショックだったのだろう。ガックリと肩を落としたタケシ先生。 「焼肉のタレは万能なんだ、絶対に食える! というか食わせるんだ周防!!」  鼻息荒くしていきなり言い放ち、タレの入った容器を、タケシ先生に手渡す桃瀬。 「太郎、お前は目をつぶって口を開けていろ。大好きな周防が直接、食わせてくれるから」  大好きなタケシ先生でも、食べさせられるのは、キライな野菜なんだ。 「え……でも……」 「口に入れられる物は、全部肉だと思えばいい。しかも周防が、わざわざ食べさせてくれるんだぞ。超レアものだ。普通なら、絶対にあり得ないんだからな」  普通ならあり得ないことは、重々理解してるけど、野菜は野菜であって肉だとは、到底思えない。噛んだときの質感が、全然違うからな。  ウッと思いながら隣にいるタケシ先生を見ると、焼けている野菜にしっかりとタレを滲みこませるべく、お皿の中で用意して、食べさせる気満々だった。 「太郎くん、みんなが君を思ってしていることだからね。いい機会だから、野菜の好き嫌い、なくしてみたら?」  小田桐さんにまで最終宣告され、涙を浮かべながら、タケシ先生に箸を運んでもらって食べさせてもらった。  泣きながら食べたけど、ラッキーな収穫もあった。  俺に野菜を食べさせつつも、桃瀬のヤツがタケシ先生に、ビールをどんどん呑ませ続け、例の質問を投げかけてくれたんだ。 「あ~? 太郎のどこが好きかって? そうだな、変なウソをつかないトコ」  いい感じに出来上がったタケシ先生は、赤い顔をしながらハッキリと言ってくれたけど。小田桐さんみたく、全部が好きって言ってくれるまで、あとどれくらいかかるのかな。  いつまでも野菜を口に突っ込まれ、少々不機嫌になってる俺を見て、カラカラと可笑しそうに嘲笑う。何が、そんなに可笑しいのやら―― 「きちんと食べれて偉かったな。今度は肉を食べさせてやるよ」  上機嫌に言って、カルビの肉に箸を伸ばした。 「――そんな肉よりもタケシ先生のソーセージが、俺としては食いたいんだけど」  しれっとして言い放つと、桃瀬が飲み物を派手にぶーっと吹き出し、小田桐さんは手に持っていた小皿をガシャンと落し、タケシ先生は肉を摘んだ箸をカタカタと振るわせる。 「……す、周防そろそろお開きにしようか。太郎もすげぇこと言ってるしさ」 「でもまだ肉が、こんなに残って――」 「にっ、肉よりも太郎くんの体のこと、考えなくちゃいけないと思います! 退院したばかりで、きっと疲れちゃってるよね? それにキライな野菜をあんなにたくさん食べたんだし、ついでに周防さんを食べたいみたいだし……」  言ってから、やっちゃったという顔をして、桃瀬を見上げた小田桐さんが、何気に可愛かった。機転の利くこの人だからこそ、鈍感な桃瀬と上手くいってるんだろうな――  仲睦まじくしてるふたりに呆れながら、タケシ先生は静かにテーブルに箸を置く。  ふたりのお陰で、早々とお開きになり、店の前で解散となった。

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