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Love too late:募るキモチ

『秋雨前線の影響で、昨夜から雨が断続的に降り続き――』  テレビから流れる無機質なアナウンサーの声をぼんやりと聞きながら、ひとりで晩ごはんを食べていた。  ウチで働いてる、看護師の村上さんが愛情込めて作った手料理は、本当に美味しい。美味しいのだけれど、この旨さを分かち合う相手がいれば、もっと美味しいハズなんだ。  太郎がウチに来なくなって、ちょうど一週間が経つ――家庭教師のバイト経験のある桃瀬が、大事なテスト前にアイツの勉強を、熱心に見てくれた結果、休学前よりもぐんと成績が上がったと、喜んで報告してくれたっけ……  テスト後は学祭があって、準備で忙しくなるから逢えなくなると、すごく寂しそうな顔して、ぎゅっと抱きしめてきたんだ。 『高校最後の学祭になるんだから、思いっきり楽しみなよ。俺のことは気にするな』  なぁんて強がりを言って、太郎を送り出すべく玄関で佇むと。 『……やっぱ寂しいからタケシ先生、アプリの登録してよ。そしたら少しでも会話が――』  その言葉に、ムッとしながら眉根を寄せる。そんな暇があるなら顔を出せと、ワガママ言いそうな自分がいた。  心の内の言葉をぐっと飲み込んで、素早く違う言葉に変換する。 『そんな面倒くさいこと、俺はやらない主義なんだ』 『じゃあ、メールくらいはいいだろ?』 『してくれても返事を確実にする保障は、どこにもないからな』  次々と出される、太郎の要求を呆気なく拒否ると、肩をガックリ落として、とぼとぼ帰らせた経緯があり―― (寂しさを悟られまいと、必死になりすぎてアイツの気持ちを、全然考えてやれなかったかも)  終わってしまったことを、今更蒸し返しても元には戻らないと理解しているけれど、好きなヤツを自分のワガママで深くキズつけたことに対し、後悔せずにはいられない。 ……連絡が一切ないのは、嫌われちゃった証拠なのかな。  もしかして連絡があるかもと、肌身離さずに持ち歩いているスマホは、なんの反応もなく、それがまるで太郎の気持ちを、示しているかのように感じてしまった。  不器用なトコを必死に取り繕った結果なのに、こうしてウジウジするなんて、俺らしくないじゃないか。まったく――  両想いなのに、上手くいかない――恋愛って、こんなに難しいものだったっけ。  こんな気分で、美味しいご飯を戴いちゃ駄目だ。村上さんに悪いじゃないか。  頭を横にふるふると振って、かぼちゃの煮付けに箸を伸ばした。 (……うん、程よい甘さが身に沁みる)  甘いものは苦手だけど、それは人工的な甘さが苦手であって、かぼちゃやさつま芋、果物のもつ甘さなら大丈夫だった。  だが太郎なら、この甘さじゃ足りないって、ギャーギャー騒ぎそうだよな。野菜キライのアイツに食べさせるなら、かぼちゃケーキにしたら喜んで食べ―― 「何、考えてんだ。もう……」  情けないことに考えつくのは、太郎のことばかり。  桃瀬が好きだった頃の自分と比べると、すっごく弱気な部分が明らかになっている。  片想いのときより弱いって、どうしてだろ?  両想いになって、やることもヤって、ライバルだっていない状態なのに、弱気になる理由なんて、実際ないじゃないか。  ――きっと学祭の準備に忙しくて、連絡出来ないだけなんだ。可愛げのない俺に飽きて、浮気なんて…… (浮気なんてしてるはずがないって、頭では分かっているのに) 「あーもぅヤダヤダ! 俺の心にも秋雨前線が停滞してるって、どんだけー!!」  暗い気分を振り切るように大きな声で言い放ち、ガツガツとご飯をかき込んで、ご馳走様をした。  余計なことを考えないように、さっさと洗い物を片付けシャワーを浴びて、一日のお楽しみのビールを呑む。 「ぷっはー!! やっぱりお風呂上りのビールは最高だねっ」  カラ元気を出して、もう一口呑もうとしたとき、ピンポーン♪とインターフォンが鳴った。時刻は、午後九時ちょっと前――患者さんが来る場合、事前に電話があるから多分、桃瀬あたりだろうな。  いつも通り、安定の恋人自慢でもしてくれるのか?  テーブルにビールの缶を置いて、ソファからゆっくり立ち上がり、のろのろと階段を下りてから扉に向かって、でかい声で聞いてやる。 「お待たせしました~、どなた様ですか?」 「……俺」  土砂降りの雨にかき消されそうな弱々しい声が、ハッキリと耳に届いた。慌てて開けてやると、そこにいたのはずぶ濡れの太郎―― 「お前っ、どうしてそんなに濡れてんだ!?」 「傘……途中で壊れた」 「早く中に入れ。ちょっと待ってろ」  急いで、病院の方からバスタオルを持ってきてやり、太郎の体を水分が早くとれるように、ガシガシ拭ってやる。 「だいぶ体が冷え込んでるな、風邪を引くかもしれない。風呂沸かしてやるから、さっさと入りなさい」 「……どうして、れ……な……っ」  太郎の頭を、しっかり拭っていたときだったので上手く聞きとれず、もう一度聞き返してみた。 「タケシ先生は一週間、俺から連絡なくて、不安になったりしないの?」 「あ……それは――」  メールのひとつでも、してやろうかと考えたのだけれど。  学祭の準備で盛り上がってる最中かもとか、何かの作業をしている最中を妨げてしまうかもしれない。そんな自分の行為に、ひどく躊躇われてしまって。  しかもメールなんかして話が盛り上がったら、声が聞きたくなるに違いないし、そうなったら最後は、逢わずにはいられなくなるのが、容易に想像ついたのだ。 「……お前に連絡して、作業してるところに、水を差したくなかったから」  俺のワガママに、お前を振り回したくなかった。ただ、それだけだったのに―― 「そんなの、気にしなくていいのにさ。ずっと待ってたんだ、俺」 「ごめん……そこまで気が回らなくて」 「謝ってほしくて言ったんじゃない。だって、いっつも俺からなんだもん。好きって言うのも、抱きしめるのもHするのも、何でもかんでもいつも俺からだから。今まで付き合ったヤツにこんな風に、放置されたことなかったし、すっげぇ不安になったんだ」  頭を拭いている腕を、ぎゅっと握りしめられる。その手は酷く冷たくて、歩の手じゃないみたいだ。 「タケシ先生は、大人だから寂しくないのかもしれないけど、俺はすっげぇ寂しかった。夢に見ちゃうくらい、すっげぇ逢いたくて声が聞きたくて……抱きしめたくて堪らなかった」 「それは俺だって、ホントは寂しかったさ」  大人だからガキだからなんて、そんなの関係ない。恋人だからこそ、相手のことを考えたら逢いたくなるに決まってる。 「それが伝わってこねぇんだよ、全然。俺がいなくても、平気ですっていうのだけが、ビンビン伝わってくるんだ、悲しいことに……だから一週間も放置できるんだろ」 「もう、落ち着けって。俺だって本当は連絡したかったよ、だけどな――」 「じゃあなんで、自分から好きって言ってくんないんだ? テレるような年でもないだろ」 「うっ……」  分ってないよ、コイツ――呼び水がないと、そういうの俺は言えないんだって。 「……ほら、言ってくんないし。俺に対する愛情がないからだろ」 「ちょっと待て。心の準備が――」 「何が心の準備だ、大人のクセして情けねぇな。Hだってしてるのに、それくらいどうして言えないんだっ」  バスタオルを強引に手から奪うとご丁寧に、俺の頭にグルグル巻きにしてきた。 「ぶはっ!? こらっ、何するんだっ」 「分からず屋のタケシ先生なんか、もう知らね!」  バスタオルを頭から外したときには、既に歩が立ち去ったあとで。玄関に残された、たくさんの雨のしずくが、まるでアイツの涙のように感じてしまったのだった。

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