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この恋すいーつ4

***  一晩だけ様子見で入院し、次の日の午後には退院出来た。午前中に受けた検査でも、異常が出なかったし。 「お陰で、明日から普通に登校か。学校に行くのめんどい……」    すおー先生の記憶じゃなく、その他の全部の記憶がなくなっていたら、学校に行かなくて済んだのにさ。 「……そしたら理由をつけて、あの人の傍にいることが、出来たかもしんねぇのに」  ぶつくさ言いながら、自分の部屋に入る。 「キュピッ! ピピッ」  窓辺に置いてある鳥かごの中で、オカメインコのオカメちゃんが俺の顔を見て、喜ぶようにバサバサと羽ばたかせた。 「ただいまオカメちゃん、いいコにしてたか?」 「バカイヌ…ダマリナサイッ……キュキュッ」  オカメちゃんから発せられた言葉に、顔を引きつらせて固まるしかない。 「オカメちゃん、お前どうしたんだよ。その言葉って一体……」 「バカイヌ、ベンキョウ、バカイヌ、ベンキョウ!」  ――バカ犬って、もしかして…… 「すおー先生が、俺に向かって言ってたよな。オカメちゃんをあの人に、預けたことがあるのか?」 「……キュッ、タロウハ、バカイヌ! キュピッ」  恋人に対して容赦なく、こんな風に言うんだ、何だかな。  オカメちゃんを見ながら、呆れ返っていたとき。 「…アイム、スキダヨ……アイムスキ!」  目をぱちくりさせながら、首を傾げて言い放つ。 「アイムスキ……歩、好き――?」  頭の中で、不意に映像が流れる。どこか、ぼんやりしたものだけど。  目を細めながら柔らかい笑みを浮かべて、俺を見上げるすおー先生が、ボソボソと何かを言った。 『(あゆむ)、俺はお前が好きだよ。最期の恋じゃなくて、俺との最後の恋にしてくれないか?』  頬を真っ赤に染め上げながら、俺を見つめる視線が、何だか切なげで。一生懸命にキモチを伝えている、すおー先生の姿がすっげぇ可愛い。 「あの人はあまり、自分のキモチを言わない人だった、気がする……」  それを口にした瞬間、浮かんできた映像がさっと消えて無くなった。一瞬だったけど、思い出せた。だから違和感があったんだ。  病室で迫ってきたけど、その行為に思いっきり躊躇した。多分、普段はそんなことをしない人だったから、妙な感じがしたのかもな。  俺を見下しながら余裕の笑みを浮かべ、誘うような仕草の数々に、散々翻弄されてしまった。 「翻弄されるのはキライじゃない。誘う手間が省けるし」  だけど俺としては、優位に立っていたい。だからいつでもどこでも、この関係を逆転させて、相手を翻弄していたんだ。 「余裕を持って、相手を翻弄して弄んでた自分……なのにどうして、あの人の前だと上手くいかないんだろ」  すおー先生のことを考えるだけで、こんなにも胸が締めつけられるように痛い―― 「タケシッ、タケシタケシ! キュピッ……スキスキッ、ワラッテワラッテ!」  またもやオカメちゃんが、どこか嬉しそうにしながら、ワケの分からないことを口走った。 「タケシ、笑ってか。ん……あの人はあまり、笑わなかったっけ。視線を無理に合わせたら、そっぽを向いて、文句を言われたような?」  ――タケシ……すおータケシ。先生。 「俺の大事な恋人。最後の恋人、なんだよな」  昔の俺からは想像つかない、ひとりきりの恋人。2股3股が当たり前だったハズなのに、きっと今は、この人だけなんだって分かってしまう。  断片的に思い出された、さっきの記憶が、そう言ってるように感じるから。  物的情報から、もたらされることと言えば――病院でスマホの中を見たとき、今まで関係のあった人間の名前が、すべて消し去られていた。  しかも誰よりもたくさんのメールを、すおー先生宛てに送っている。  それに対して、返事がすっげぇ少ない。しかもそれが素っ気ない返事なのにも関わらず、きちんと保護してる自分に、思わず笑みが浮かんでしまった。相当、参ってるらしい。  ベッドに腰掛けて、そんなスマホを弄ってたら、メールの着信を知らせる音が鳴る。噂のすおー先生からだ。 『退院おめでとう。無理して動くんじゃないよ、分かったな』  病院経由で、俺のことを聞いたのだろう。気遣ってくれる文章が、何気にくすぐったい。  何て返事を送ろうか……あの人が喜びそうなことを書いてあげたいのに、言葉が浮かんでこない。一番喜ぶのは―― 「すおー先生のこと、思い出したよ……だよな。何かのキッカケさえあれば、すんなりと思い出せそうなのに」  下唇を噛みしめ、うんうん唸りながら、ぽちぽち言葉を連ねてみる。 『分かった。言うこと聞いて、大人しく勉強しておく!』  俺にしたら、あっさり目の文章を送信してやった。  今は、これしか思いつかない。送られてきたすおー先生のメールを保護して、ちゃっかり横になると―― 「バカイヌ、キュキュッ! ベンキョウベンキョウ!!」  なぁんて、オカメちゃんが命令してきた。まるですおー先生が、とり憑いてるみたいだ。喋り口調がまんま、その人なんだもん。 「分かったよ。何もすることないし、ちゃんと勉強してやるって……」  反動をつけてベッドから起き上がり、机に向かって参考書を開いた。  昔の俺なら絶対にしない勉強をさせるって、恋人の力はすげぇなぁと、改めて思わされたのだった。

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