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繋がり届く思い~一緒に島へ~(周防目線)2

***  オドオドしまくりの歩を後ろに引き連れ、診療所の扉を開け放つ。 「ただいま~!」  診療所とは別の玄関もあるが、あえてここから入ることにより、必然的に親父と対面するので、こっち側から入ってやった。自分から逃げたくはないからね、当然の行動だ。  島の住人はお元気のようで、診療所の玄関には靴ひとつない。それを確認したところで、面倒くさそうな顔をした、自分とソックリな親父が診察室からダルそうに出てくる。まるでさっき逢ったばかりの歩と、いい勝負のツラの悪さだ。 「お帰り。向こう側から帰ってくればいいのに」  親指で後方を指し示し、今からでもあっちに行けと言ってるのが伝わってきた。 「どこからでもいいだろう。全部、家みたいなものなんだから。歩、脱いだ靴を持って、廊下を突き進むぞ」 「はい……」 「武……母さんなら今頃、台所で晩飯の支度をしてるはずだ」  親父の横を通り過ぎたら、何故だか慌てた様子で、声をかけてくる。その意図が分からず、首を傾げながら振り返って、分かったと返事をしたら。 「とりあえず話は、晩飯が終わってからだ。昨日みたいに中途半端なところでしたら、酒が不味くてかなわん」  吐き捨てるように言い放ち、逃げるように診療所の外へと出て行ってしまった。 「おい、中途半端なところで話をしたのか?」  親父が出て行ったのを確認して歩に訊ねてみたら、微妙な表情を浮かべ、コクリと頷く。 「中途半端っていうか乾杯して突然、お母さんが俺たちの馴れ初めを質問してくれて……だらだら話をした感じ」 「そうか。分かった」  両手が塞がっていたので、軽く歩に体当たりし、変に落ち込むことはないというのを伝えてやった。 「タケシ先生……」  口にしなくても、伝わる想いはある。目が合ったときには、嬉しさをにじませる眼差しが、しっかりと俺を捉えていた。  ふたりして並んで、自宅に続く廊下をひたすら歩き、玄関に靴を置いて、そのまま台所に直行した。 「ただいま、お袋。元気そうでなにより」 「あら、早かったのね。お帰りなさい武」  お袋の声を聞きながら歩に向かって、手に持っていたバックを差し出してやった。 「悪いけど、居間に置いてきてくれないか? そのまま座って待っていろ、お茶持っていってやるから」 「分かった。あのさタケシ先生」  バックを受け取りながら、どこか渋い表情を浮かべる。 「……何だよ?」 「ケンカしちゃ、ダメだからな」  ぼそっと告げて、そそくさと居間に走っていく後姿に、苦笑するしかない。 「あらあら、何でもお見通しなのかしら?」  どこか茶化すような言葉に、肩を竦めてやった。 「お見通しというか、アイツの場合、動物的な勘だろうね」  残念ながら歩は、非常に勘が鋭い――  お袋と話をすべく、歩を遠ざける理由をつけたのに、ピンときたんだろう。親と争って欲しくない気持ちは分からなくはないが、それを口に出すとか、こっちの身にもなってほしい。 「やぁね。目尻を下げて、デレデレした顔して」 「してないって」 「してるしてる。イケメンの息子が男を見て、デレデレしてる姿なんて正直、見たくなかったわよ」  さらりと本音を漏らすお袋に、ため息をついて背中を向けてやった。 「ねぇ、いつから男好きになったの? 大学生のときは、彼女がいたわよね?」 「確かに。だけどそれは、フェイクだったんだ。彼女と付き合いつつも、キモチは別に好きな男がいたから」 「なにそれ……。そんな器用なことが出来るの?」 「そういう器用なトコ、お袋に似たんだと思うんだけどね。親父は無理でしょ?」  笑いながら顔だけで振り向いてやると、呆れた眼差しとぶつかった。 「そうね。あの人は可哀想なくらい、不器用を絵に描いたような人だから」 「ねぇ、俺たちの馴れ初め聞いて、どう思った?」  聞きたかったことを、単刀直入に訊ねてみる。お袋はまな板で人参を乱切りしながら、そうねと呟いた。 「やっぱり恋人にするなら、性別関係なく、若いほうがいいのかしら」 「それ、親父が聞いたら、不機嫌になるネタじゃないの?」 「だからこそ今、口にしたんじゃない。ちょっと、そこを退いてくれない? お鍋に人参を入れたいのよ」  俺の質問をはぐらかしたいのか、変なことを口走るお袋に、難儀してしまう。親父は自分と似ているので、上手いこと誘導尋問が出来るけど、お袋に関しては昔から頭が上がらなかった。 「今夜はカレー?」 「息子の好物だもの、作って当然でしょ」 「ありがと。久しぶりに、たくさん食べよーっと」  後ろに退きながら言ってやると、驚いた顔して振り返る。 「な、何か変なこと、言ったっけ?」 「ビックリするわよ……。今までそんな風にお礼、言われたことがなかったから。いつもなら「ふーん、そっか」で終わらせるじゃない」  頭の先から足先まで、ジロジロ見ながら口を開かれても、対処に困ってしまう(汗) 「そんな感じ、だったっけ?」 「恋をすると変わるのねぇ、相手が男でも。これじゃあ、反対が出来ないじゃない、どうしましょ」  どうしましょと言いながらも、どこか嬉しそうな感じのお袋に、苦笑いするしかなかった。 「武の性格が、いい感じに変わってしまったし、王領寺くんは結構いいコだし、粗探しするのも一苦労するわね」 「粗探し、してくれるんだ?」 「するに決まってるでしょ、一応反対している身としては。だけどお父さんは、ちゃっかり認めちゃってるみたいよ。王領寺くんとのやり取りで、何かを感じたのかしら」  炒め物の上に水をダバダバ入れて、煮込み作業に入る背中を、じいっと見つめる。 「まぁ私としては、作ったカレーを全部食べてくれたら、認めちゃうかもしれないわ。昨日作ったご馳走も、全部食べてくれたしね」 「分かった、全部食べさせる。何が何でも食わせてやる!」  お袋の言葉に勇んで答えてやり、コップにお茶を注いで、リビングにいる歩のところに向かった。 「おい、お前。今夜はカレーだぞ、残さずに全部食べろよ」 「いきなり、何を言い出すかと思ったら。俺、昨日食べすぎて、あまり胃の調子が良くないんだけど」 「ダメだ、とにかく何も考えずに食べろ。そうすれば俺たちの関係を認めてやるって、お袋が言ってるんだから」  かくてお腹を押さえながら、カレーを全部平らげた歩に、俺は心の中で拍手を送ってやったのだった。勿論、あとから胃薬を渡すことは忘れない。

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