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番外編 クリスマスのひみつ🎄
それは偶然だった。
祝日はイブで今日のクリスマスは火曜日。
昨日は三連休だったし一緒に過ごした。
今朝は一緒だったが、平日だからーー夜は会わない予定だったけど仕事が予定より早く終わりそうだったから千裕に連絡して夕食に行くことになった。
待ち合わせは7時半。
6時には会社を出たからまだ時間はある。
どうしようかと逡巡したのはわずかで、経営しているワインバーをのぞいていくことにした。
クリスマスということで珍しい輸入ワインも仕入れて、クリスマス用のラッピングも数種できるようにしていた。
うちの店は半分が売り場となって奥に立ち飲みスペースがある。席数は多くはないが昨日のイブの客入りは上々だった。さて今日はどうだろう。
裏口から入り店長に声をかける。バーには今日も人が多く賑わっていた。
バイトの八坂が「片瀬さん。千裕さん来てますよ」と教えてくれた。
待ち合わせで利用することがあるし、千裕のことは顔なじみになっている。
もちろん恋人ということは伏せてはいる。
ただ店長の清水だけには伝えていた。
「ひとりで?」
「いえ、職場の同僚さんじゃないですかね。千裕さんが選んでるようですよ」
「そう。ありがとう」
ウエイターとしては働いている八坂はすぐに仕事に戻り、俺はそっと販売スペースのほうをのぞいた。
千裕と30代半ばくらいの男性。
さすがに声をかけるようなことはしないけど―――しないけど、気づかないかなーと傍に行くくらいはいいかな?
きっとここにいることを知らないだろうし。
なんてちょっとした可愛い悪戯心でそっとワインを選ぶふりをしながら傍に向かった。
「これとか美味しかったですよ。フルーティだったし、奥さんにちょうどいいんじゃないんですか」
どうやらプレゼント選びに着いてきたらしい。
千裕がすすめてるのはこの前俺が買ってきたものだ。
口当たりがよくて飲みやすい甘口のロゼ。
美味しいと気にいっていたのを思い出す。
「そうか。んー……そうだな。これにしようかな」
他にも二本ほど選んでいたらしく、最終的にはロゼに決まったようだ。
会計をしラッピングを頼み、千裕は俺にまったく気づくことなく男性と談笑している。
「それにしても三枝がこんなにワインに詳しいなんて驚きだよ。彼女と良く飲むんだっけ?」
「えっ……、あ、まぁ」
それまでそつなく爽やかに受け答えしていたのに急に目が泳ぎだす千裕を見てつい口元を押さえた。
「この店もその彼女のおススメなんだろ?」
「え、え、ええ」
動揺が声にも出てるよ、ちーくん。
堪えようとしたけどつい笑いそうになってワインを一本手に取って見る振りで誤魔化す。
「このあともデートだっけ?」
「……はい」
「クリスマスだしな、がんばれよ~! で、どんな彼女なの?」
「え……」
「年下? 同い年?」
「年上です」
「へぇいくつ?」
「……5歳くらいですかね」
「え? 5歳も? じゃあ彼女適齢期じゃないの」
「適齢期?」
「結婚だよ。もう三十くらい? それじゃ彼女焦ってんじゃないの」
「……それはないと思いますけど」
「でも30歳なんだろう?」
「はぁ……。でも自立してるし……しっかりしてるので」
「なんだそれ。三枝は彼女と結婚考えてないの?」
「え………………いや、その……ずっと一緒にいれたらとは思ってますけど」
一気に顔を赤くしてぼそぼそと答えている千裕のところへラッピングされたワインを持った店長の早瀬がやってきた。
よく気が回り察しがいい早瀬に目配せするとちらりと千裕を見て頷いた。
早瀬は男性に商品と購入してくれたお客様へのささやかなクリスマスプレゼントを渡し、同じものを千裕へも渡してそして多分千裕にだけわかるようになにか告げた。
なにか、というのはもちろん。
勢いよく千裕が店内を見回して、俺に視線を止め目を見開く。
やほー、と手を振ればブワッと音がしそうな勢いでさらに顔を赤くした。
それはもう完熟トマトのように。
「三枝?」
「あ、あの、すみません。俺、あの……俺もワイン買って帰ろうかと思うので……田中さん先に……」
「そう? わかった。今日はありがとうな。これで奥さんも喜んでくれると思うよ」
「いえ」
それじゃあな、とあっさり―――田中さんは去っていった。
早瀬は千裕に一礼して、そして俺を一瞥してから他のお客様のところへと行く。
代わりに俺が千裕の元へ。
「奇遇だね、千裕」
「……」
顔を赤らめて目を泳がせている千裕はきっとさっきの発言が俺に聞こえていたかどうかを考えてるんだろう。
そりゃもうばっちり聞こえたよね。
「待ち合わせの手間が省けたね。まさかちーくんがここにいるなんて。さっきの人、職場のひと? ま、とりあえず、ご飯イコ?」
そっと腰に手を添えると目を瞬かせて千裕は俺を見つめる。
聞こえてなかった―――のか。
そんなことを不審がりながらも思ってる様子がありありと伝わってくる。
「俺腹減ったんだけど。どうかした?」
「……なんでもないです」
「千裕」
「はい?」
「メリークリスマス」
朝も言ったけど、日付が変わるときにも言ったけど、いまもまた言えば、ようやく千裕は頬を緩めた。
「メリークリスマス」
エスコートして店を出てディナーを。そしてベタにイルミネーションでも見に行って。
さっき千裕がくれた言葉にぴったりなプレゼントでも渡そう。
☆おわり☆
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