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第3話
「へぇ、ライバルがいたんですか」
誘われるままにバーを出てやってきたのは普通の居酒屋だった。
チェーン店の庶民的な店。
智紀さん曰く、騒がしい店の方がこっちも気にせずいろいろと喋れる、らしい。
そう言われればそうかなと思いながら智紀さんの話を聞いていた。
最初はお互いの世間話からはじまって、グラスを数杯重ねてようやく本題。
「そうそう。俺と同い年でさ。実は高校時代一度会ったことはあったんだけど、それにしてもびっくりしたなぁ。一流企業のエリートさんでイケメンで優しくって、ライバルとしては最強だと思わない?」
「それは手ごわいですね。でも智紀さんだって会社経営してるしカッコイイし、負けなさそうだけど」
「だよねー?」
この人って、やっぱり変わっていうか面白い人だな。
俺かっこいいのに、と拗ねたようにため息をついて焼酎のお湯割りを口に運んでいる。
「敗因はなんだったんですか」
失恋話を笑って聞くのもどうか。
智紀さんは落ち込んでいそうな素振りをして喋ってはいる。
だけど、どことなく笑いを誘うような口ぶりで俺はつい口元を緩めていた。
「そうだなー。性格もあってたと思うし、身体の相性もよかったし」
「……」
身体の、相性。
そっと智紀さんを見る。
俺よりも年上で経験豊富なのには間違いない。
好きな相手がいて、振られたけど―――シたんだ。
「千裕くん?」
「あ、はい」
付き合っていなくてもそういう関係になる、というのはわかる。
俺だって経験はなくはないし。
「どうかした?」
顔引きつってる、と俺の頬を突いてくる智紀さん。
慌てて首を振る。
「ああ、身体の相性のところで引っかかった?」
……この人、テレパシーでもあるんじゃないのか。
自分としてはあんまり顔には出してないつもりだったんだけどな。
「いや……どういう関係だったのかなぁと思っただけです」
親友の知り合いだとか、なんだとか。
年下の子ということは聞いたけど。
「その……エッチまでしたならその相手の人もそれなりに智紀さんのこと好きだったんじゃないのかなと思って」
俺の好きな鈴ならありえない。
鈴相手にそういう行為を付き合う前にしようとも……思わないし。
「さー? 俺が強引に誘ったからね」
「……押しが強いんですね」
「まだ好きかどうかの自覚をしていなさそうだったから、隙をついてみました」
ひきょう者だからね、俺は。
煙草を咥えて笑いながら智紀さんはそのまま続ける。
「それに"好き"ではないにしろ好意を持たれてるのは確かだったからね。身体の相性が良ければ好転するかもしれないし?」
「……でも強引にして嫌われたらとか不安はなかったんですか?」
「そのときはそのとき。どっちにしろ告白すればうまくいくか振られるかのどっちかなんだしね。まぁとはいっても俺も強硬手段に出たよね、とは思うけど」
吐き出された紫煙を目で追って、ビールを一口飲んだ。
好きな子のことを考えているのかため息をつきながらもその表情は柔らかい。
「……やっぱり自信があるからできるんですか」
「自信持ってなきゃ途中でへたれちゃうでしょ」
「強いんですね、智紀さんは」
俺とは全然違う。
「当たって砕けろだからね、俺は。―――千裕くんは?」
「……」
「告白、しなかったの」
「従妹なんです。俺が好きな子は。下手に告白して気まずくなるのっていやでしょ」
できるだけ軽い口調で軽く笑う。
とっくに諦めたといいながらいまだに胸が疼くのはなんでだろうな。
「まだ好きなんだね」
「でももう彼氏もできてるんですよ。だから俺はもう」
「忘れたいのに忘れられなくて辛い?」
智紀さんは少し変わってて気さくで、初対面なのに話やすい。
でも、まぎれもなく大人だ。
俺よりも大人。
寄越された眼差しが俺を真っ直ぐ見ていて、目が逸らせない。
そんなことはない、と思っているし言いたいけど声が出ない。
「吐き出せばいいのに」
手が伸びてきて俺の頬をつねる。
痛いですよ、と口角を上げながらその手をどけようとしたら手を掴まれた。
掴まれた手首が熱い。
向けられた視線に、よくわからない胸騒ぎがした。
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