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第6話

髪も、見えている上半身も濡れていて妙に色っぽい。 男相手にそう思うのはどうなんだ。 だけどぽかんと見てしまっていたら目を細めた智紀さんが手招きした。 「俺もうジャグジーの方に入ってるから。ちーくんも早く来るんだよ。ね? 早く来てくれないと俺のぼせちゃうかもしれないからね」 無邪気にも見える笑顔を向けられて―――少し躊躇った後頷いた。 「じゃあ待ってるよー」 パタンとドアが閉まって、半分くらいで放置していたビールを一気に飲み干す。 「……"温泉"と一緒だよな」 それに湯あたりされたら大変だし……な。 風呂に入ろう。 決意してバスルームにむかったけれど、なかなか服を脱ぐことができなかった。 何度も自分と格闘しながら数分後ようやく身体を洗いはじめた。 ラブホなのにやたら高そうな香りのいいシャンプーやボディソープを使っていく。 家にいるときよりも洗う速度が遅いのは、このあとのことを考えると躊躇うから。 ……いや、ただ風呂に一緒に入るだけだ。 それに男同士だし。 鈴とっていうわけじゃないし。 そこでまた思考が鈴のもとに戻ってることに気づいてため息が出る。 どんだけ鈴中心だ。 振り払うように熱めのシャワーを頭から浴びて、なにも考えないうちに勢いで外に出た。 途端に冷たい空気にさらされた身体がぶるりと震える。 蒼い水中ライトが光るジャグジーに入ってる智紀さんが目に映って、また緊張したけど……。 夜空を見上げる何の感情も浮かべていない顔が何故か寂しそうに見えた。 「ようやく来た」 だけどそう思ったのも一瞬だった。 視線を俺に向けた智紀さんはあっという間に非の打ち所のない爽やかな笑顔を浮かべている。 ……この人もフラれた…んだっけ。 いまさら思い出して少しだけ肩から力が抜けた。 「早く入らないと身体冷えるよ」 「……はい」 手招きされて、広い円形のジャグジー風呂に入った。 ちょうどいい強さの気泡が出ていて気持ちいい。 「ちーくん」 気泡が出てくるところに手を当てるなんてガキみたいなことをしていたら呼ばれた。 顔をあげると智紀さんが何故か拗ねたような顔をしてる。 「な、なんですか?」 「遠くない?」 「え?」 「距離だよ。なんでそんな離れたところにいるの」 「……」 意識してじゃなかったけど、すぐそばには座っていなかった。 だけど円形だから隅がないし、広いと言ったって手を伸ばせば届く距離だ。 「こっちおいで」 自分の隣に来いと言う。 ……正直初対面の男と風呂に入ってる時点で頑張ってるんだけどな。 ……どうしようか。 ここまできていまさらだけど、トイレでのキスを思い出すと簡単には動けなかった。 「ちーくん、俺寂しいんだけど。イヤ?」 笑みを消して、眉を下げる智紀さん。 演技くさい……というのはわかる。 「ちーくん」 鈴が俺を呼ぶ声とは全く違うのに、そう呼ばれると弱い。 それに、 「こっちおいで。お願い」 俺はお願いにも弱い。 渋々お湯の中を擦り膝で智紀さんの傍にいく。 気持ち距離を置いて隣に座った。 妙な気恥ずかしさ。 ちらっと智紀さんを見ると目があって、ふっとその口元が緩んだ。 「――捕まえた」 「へっ」 そしていきなり腰に手がまわってきて引き寄せられた。 浮力があるせいかあっさりと俺の身体は智紀さんに密着した。 「っ、うあ」 やばい、変な声が出た。 でもまじでやばい。 俺は智紀さんの足の上に座らされ、逃げようとしても腰をガッチリ押さえられていて逃げれない。 ばしゃばしゃとお湯を揺らしてそれでも離れようとすると吹きだされた。 「そーんなイヤがらなくてもいいのに」 からかうような眼差しで覗きこまれる。 嫌とかそういう問題じゃない。 俺の腰にまわっている手が肌の感触を確かめるたびに身体が震えてしまう。 不安と緊張のせい、のはずだ。 「ちーくんてさ、童貞じゃないよね?」 「……」 「え、童貞?」 「ち、違います! っちゃんと経験ありますよ」 さすがに童貞と思われるのは不本意だから急いで首を振った。 「ふーん。じゃあ別に風呂でイチャつくくらい平気だよね?」 「……いや、それは」 女と一緒に風呂なんて入ったことないし。 ……鈴とはほんとうに小さいころ、入ったことならあるけど。 「あれ、もしかして、ちーくんってさ」 吐息がかかるくらいの至近距離。 羞恥と気まずさとでいたたまれなくて視線を合わせることができなかった。 ライトとか南国をイメージでもしたかのように置かれた観葉植物を気を紛らわせるように眺める。 「好きな女の子以外どーでもいいから、どーでもいいセックスしかしたことなかったりする?」 「……」 それは―――正直図星で固まってしまった。 もっと智紀さんの顔を見ることができなくなってしまって限界まで首を逸らす。 「へぇ、そうなんだ。それは―――……開発のし甲斐があるね」 楽しげな声が最後の方は一段低くなって聴こえた。

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