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第36話
「……」
通話が終了してしまったスマホを見下ろす。
キャッチでも入ったのかな。
またあとで、って言ったけどどうすればいいんだ?
智紀さん俺と会う気なのかな。
だとすれば待ってた方がいいだろうし、だけどでも次かかってきたときもう家とか言われたら……。
あー俺まじなんでこんなヘタレてんだ?
バレンタイン貰ったお返しです、って渡すだけだろ。
両手で顔覆ってため息。
もうなんか情けなくってテーブルに突っ伏した。
そのまま少しだけ顔を上げてスマホを横目に見るけど着信を知らせる気配はない。
またあとでっていつだよ。
気にするのも嫌だからまた突っ伏すけど、やっぱ気になる。
そわそわ落ちつかない気持ちのまま、何分たってもスマホは鳴らなかった。
―――なんだよ。
スマホが反応しないから俺に聞こえてくるのは全部店内のざわめきだけ。
静かな喧騒。
雑誌をめくる音やカップの擦れる音、うるさくない喋り声。
カウンタースツールが動かされる音がして隣に人が座る気配にちらり横を見た。
「……」
「隣、いい?」
「……」
俺は、きっと間抜けな顔をしているはず。
スーツ姿の人目を引く男が口元に笑みを浮かべて俺を見てる。
「……え、なんで」
「とある可愛い青年と電話をしていたところ、聞きなれた入店チャイムが聞こえてきてアレっと思った」
「それ……だけ」
「あとは妙に歯切れ悪い喋り方だったからなんかあるのかなーって思ったのもあるし」
「……でも」
「あとは―――」
呆然としてる俺に、智紀さんが視線を絡みつかせる。
「ちーくんがいたらいいのに、っていう願望?」
悪戯気に細められた目から視線を逸らす。
「なんですか、それ」
「本当にいたから嬉しかったんだけどなー」
耳が熱い。
なにか言いたいけど今何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
「ちーくんは、こんなところでどうしたの?」
「……」
下手なこといって……勘違いされるより、そのまま言った方がマシだよな。
「バレンタイン貰ったから、お返しを持ってきただけです。ホワイトデーですし、一応」
「連絡してくれればよかったのに」
「……仕事が忙しいかと思って」
「それでずっとここにいるつもりだったの?」
「……」
結局、ここにいる時点でこの人につっこまれるのは当然。
返す言葉がなく視線を泳がせてると、小さく笑う声が耳に入る。
「ごめんね、俺も今日会いたいなとは思ってたんだけど、何時くらいに仕事が終わるかわからなかったから誘うに誘えなくてさ。意外に早く終わったからさっき電話したんだよ」
「そうですか」
「そうなんです」
「……あの、これホワイトデーの」
いたたまれなくて用意していた紙袋を取って智紀さんの前に置く。
「たいしたものじゃな」
「ちーくん」
「はい?」
「場所変えようよ。せっかく会えたんだからゆっくりできるところに行こう?」
「……」
初めて会ったときはバーのカウンターだった。
あのときも俺は躊躇って、だけどついてってしまって。
もうあれから3カ月も経つのか。
同じカウンターだけれどカフェだから雰囲気は違う。
通りに面したガラス窓には外が暗いから店内が映し出されていて俺はガラス越しに智紀さんを見つる。
「千裕。俺、腹減ったからなんか食いに行こう」
智紀さんは他に客がいるっていうのに俺の手をさりげなく握ってきた。
お返しを渡したら帰るつもりだった。
だけど、きっとはいさようならとはいかないだろうってわかってはいたし……。
「あの……俺が奢ります。安いとこしか入れないけど」
バレンタイン奢ってもらったし。
俺がそう言えば、智紀さんは「ほんと? 嬉しいな」と屈託なく笑う。
「……本当ファミレスとかですよ」
「いいよ、ちーくんとならどこでも」
いつもながら女の子が言われたら絶対勘違いしそうなことをさらりと言う智紀さんに軽くため息をついて、俺は二時間以上居座ったカフェをようやく後にしたのだった。
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