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第37話
「本当に……いいんですか」
店員が運んできたのはハンバーグとフライもののセットだ。
それが智紀さんの前に置かれる。
俺は同じくハンバーグ。
あとはサラダとスープとライス。よくあるセットだ。
今いるのは全国チェーンのファミリーレストランで値段もお手頃。
平日の夜とあって満席ではないけど若者中心にわりと席はうまっていた。
「なにが?」
いただきまーす、とナイフとフォークを手にした智紀さんがさっそくハンバーグを切りながら首を傾げる。
「……いや……こんなファミレスで」
こんな、なんてファミレスに対して失礼だと内心謝罪しつつ、でも智紀さんならいいお店たくさん知ってるだろうしな。
ファミレスならって言ったのは冗談ではなかったけど本当にいいよって言われるとも思ってなくて。
俺にとっては入り慣れたファミレスに「ここでいいかなー」とあっさり智紀さんが店内に入っていったときは少しばっかり焦ったりもした。
「なんで? ファミレス美味しいよ。たまに来るし」
不思議そうに目をしばたたかせながらハンバーグを口に運ぶ智紀さん。
「高校生のころはファミレスでバイトしてたからいまだに親近感っていうか居心地良く感じるしね」
「……え、ファミレスでバイト?! 智紀さんが?」
サラダを食べようとしていた手を止め、俺は思わず叫ぶように言っていた。
「それそんな驚くところ? ちーくんだってバイトとかするだろ?」
おかしげに智紀さんが目を細めてハンバーグを切っては口に運ぶ。
「……そうですけど」
ファミレスのハンバーグ。俺だって食べてる。でもなんだろうナイフとフォークの使い方とかどこか俺とは違うような気がする。
テーブルマナーがきちんとしてるんだろうなってことが感じられて、その分このひとがバイトしていたとか想像つかなかった。
知り合って3カ月たつけどまだ全然俺はこのひとのことを知らない。
もちろん会ったら会話だって当然あるけど俺がもうじき就職するっていうこともあって仕事関係の話しや大学の話しとかが多かった。
智紀さんの学生時代の話しは聞いたことがなくて――俺と同じ頃があったのかっていうのさえ想像つかない。
つかないっていうか――智紀さんは昔から変わっていないような気がした。
「ファミレスでバイトしてる姿とかピンとこないっていうか……」
「そう? いらっしゃいませ~、って言ってたよー。パフェ作るの得意だったよ」
今度作ってあげようか、と片目をつぶる智紀さんに自然と笑いが浮かんだ。
「変なものが入ってなければ」
「変なものってなに? 媚薬入りとか?」
「……智紀さんの場合冗談にならないんですけど」
「ちーくんが入れてほしいなら入れるよ?」
「遠慮します」
きっぱり断ると智紀さんが吹きだして「残念だなー。乱れるちーくん見たかったのに」なんて言うから「ここファミレスですよ……」って俺が呆れてたしなめる。
こんなやりとりももうずいぶん慣れてしまった。
出会った初めのころは智紀さんのペースに巻き込まれるばかりで緊張することが多かったけど、いまは軽口をたたきあうのも楽しく思うくらいに親しくなった――って思う。
「今度使ってみる?」
からかってくる智紀さんをスルーしながら食事は進んでいった。
腹も減っていたこともあってあっという間にお互い完食した。
空いた皿をウエイトレスが下げていく。
そして食後のコーヒーを運んできたけど妙に満面の笑みでものすごく愛想が良く感じた。
接客業だから愛想よくて当然だけど、ウエイトレスのまだ10代にも見える女の子の視線は智紀さんにばかり向けられていた。
俺の前にコーヒーが置かれたときもずっと智紀さんを見ていた。
「ちーくん、どうしたの?」
ブラックコーヒーのままカップを口に持っていく智紀さんが目を細める。
「……いえ、別に」
見た目はイケメンだし爽やかだし人目を惹くにはじゅうぶん過ぎるほどのオーラを持ってるよな。
こうして一緒にいるとき女性が振り向くこともしょっちゅうだし。
「ちーくん」
もう一度名を呼ばれて我に返る。
少し身を乗り出した智紀さんが拗ねるようにわざとらしく口を尖らせて俺を見つめていた。
「俺といるのに考え事? 妬けるなー」
「やけ……?」
なに言ってんだ、この人。
妬けるってそれはこっちのセリ―――……じゃないだろ!
一瞬過った考えを慌てて打ち消す。
急いでコーヒーを飲んで流し込むようにしていたら吹きだす声が聞こえた。
視線を向ければついさっきまで拗ねた振りをしていた智紀さんがおかしそうに笑ってる。
「……なんですか」
「ちーくんが百面相してるから面白かったんだけど?」
「……」
反論しようにも確かに少し慌てていたから無言を返す。
気まずさも感じていたから当初の目的だったホワイトデーのプレゼントをテーブルに乗せた。
小さな紙袋を智紀さんの方へ押し出す。
「あの、これ。バレンタインのお返しです」
「いいの本当に?」
頷けば、「嬉しいな」と微笑んで紙袋を手にした。
「……たいしたもんじゃないです」
「ちーくんが俺のために選んでくれたものっていうだけでスゴイものだよ」
「……そうですか」
顔が熱くなりそうになるのを耐えながら智紀さんがラッピングされた小さな長方形の箱を取り出すのを眺める。
やっぱり―――緊張する。
就職間近のまだ大学生の俺が用意できたものなんてたかが知れてる。
高価なものは無理だし、智紀さんってなんでも持ってそうなイメージだったから相当悩んだ。
結局は実用性があるものにしたんだけど。
「名刺入れ?」
「……はい。日常的に使うだろうし……」
シンプルな黒の革製の名刺入れ。
革製といってもいろんなデザインや色があってここでも悩んだ。
華やかな智紀さんに合いそうな変わったデザインのもあったけど―――いろんな人と会うことが多いだろうから逆にどんな場面でもおかしくないシンプルなのが一番いいかなと思った。
だけど、どうなんだろう。
地味すぎたんじゃないかって、名刺入れを手にして見つめている智紀さんに不安になった。
「―――嬉しいよ。ありがとう」
「……いえ」
でも俺の気は一瞬で緩んだ。
向けられた笑みが本当に嬉しそうだったからホッとして、
「早速使わせてもらうね」
と名刺を移し替えだした智紀さんをコーヒーを飲みながらそっと見ていた。
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