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第55話
タクシーを降りてみれば乗っていた間は長く感じていたのにもう着いてしまったと早く感じてしまう。
繋いだままの手を引かれエントランスに入ってエレベーターに乗る。
盗み見た智紀さんは楽しそうな笑みをたたえていて、反対に俺は眉間にしわが寄っているのが自分でわかっていた。
繋いだ手も―――正直そろそろほどいてほしい。
だけどそうとは言えずエレベーターはあっという間に智紀さんの部屋がある階に停まってしまう。
タクシーに乗ってから俺たちの間には会話はなかった。
「……」
ため息が出そうになるのをなんとか飲みこむ。
智紀さんが鍵をとりだして開けるのを視界の端に捉えながら俺は明後日の方を見ていて、ガチャリと開いた音に重く足を踏み出す。
そして俺の背後でドアが閉まる音がして―――同時に智紀さんが吹きだした。
「……どうしたんですか、急に」
眉間のしわをさらに寄せて言うと智紀さんの腕が腰にまわって一気に引き寄せられて、顔をのぞきこまれた。
「いや、だってさ。千裕、緊張しすぎ」
「……っ」
誰が緊張なんて―――と、反論したいけど、それよりも先に顔が熱くなるのを自覚するから何も言えない。
「ちーひーろ」
俯いてしまいそうになった顔を上げさせられて食むように唇が触れてくる。
下唇を甘噛みされて歯列をなぞられて、それだけで収まりかけていた熱があっという間に再燃する。
「ちょ……っ、智紀さん」
ぞくり、と首筋から背筋を走り抜ける痺れに慌てる。
「なーにー?」
言いながらもついばむようなキスが降ってきて玄関の壁に背中がぶつかった。
「ここ、玄関ですよっ」
「俺の家だからいーの。ここで一回とりあえずヤろっか」
「はっ?! 冗談―――っ」
「だって我慢できねーもん」
もん、ってオイ、もう寝室まであとちょっとだろ。
「いや、ちょっ……んっ、まっ」
ストップかけるのにキスは止まらないうえに、服の中に手が入ってきて素肌を撫で始める。
「俺、シャワー浴びたいんですけどっ」
「あとでね」
「っ、は……、ちょ、いや、……でも」
「―――千裕」
不埒に動いていた手がぴたりと止まって智紀さんがまっすぐ見つめてくる。
真剣な眼差しに怒らせただろうかと一瞬不安になったけどすぐに緩む目元を見て違うと知る。
「結構初心だよね」
「……」
初心? 初心って……俺か?
「……俺、別にいままでだって彼女いたことありますけど」
「でも実際好きになった相手と付き合うのって俺が初めてじゃないの」
「……」
あっさり言われて思いっきり顔が引き攣った。
それはタクシーの中で自分でも思ったことだ。
ただ実際指摘されると―――。
「拗ねた?」
「……べつに」
「俺的には緊張して心臓バクバクさせてるちーくんが可愛いなぁって早く食べたいなって思っただけなんだけどね」
「……可愛いって褒め言葉になりませんから」
「しょうがないじゃん。俺には可愛く映るんだし。それにさぁ」
智紀さんが目を細めて俺の頬を撫でる。
「俺も久しぶりだからさ」
「……なにが、ですか」
「こうやって交際するの」
音符でもついてんじゃないのかってくらいの弾んだ声。
「……え」
久しぶりつっても、どうせ半年とかそんなもんじゃないのか。
「もうかれこれ8年近く恋人いなかったからさ」
「……8年!? うそだろ」
「マジで。だから」
呆然とする俺の目を覗き込んで智紀さんが笑う。
恋人が8年いなかったからって、その間なにもなかったなんてありえない、そうわかる妖艶さを口元に浮かべて。
「早くヤろ? 本当のセックス」
本当の―――って、という疑問全部飲みこまれるように唇が塞がれて、もう止まらないだろうことを悟った。
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