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―― 身体と愛と涙味の……(19)
「透さんの彼女の事が気になる?」
俺の髪を撫でながら話を最後まで聞いてくれていたみっきーが、静かな声でそう訊いてきた。
「うん」
「それはもう、透さんの事を好きだって事だと思うけど?」
「でも……」
あの公園で偶然会ったあの日。
彼女と別れたばかりの透さんが寂しそう…… なんて思ってしまって……。 だから一緒にクリスマスケーキを食べようなんて言っちゃったんだけど。
もしかしたらあの時、透さんが俺を抱いたのは、ただ寂しさを紛らわせる為だけだったのかもしれなくて……。 そう考えてしまうと、胸の奥がきゅっと痛くなる。
俺は、透さんのこと好きなのかもしれないけど……、でもやってる事は、セフレと何も変わらなくて……。
「なるほどね……」
みっきーは、少し間を空けてから、言葉を続けた。
「透さんとのセックス、気持ちよかったんだ?」
言われて、かぁーーッと、顔が熱くなった。
「な、なんで?」
「直は、初めての男は透さんだったわけで、しかも相手はカッコよくて憧れを感じていた人で」
「うん」
「んで、ついそういう流れで抱かれてみたら、今まで味わった事のない快感だった」
確かに…… それはそうだけど……。
「だから、勘違いしただけなのかも」
―― 勘違い? 意味が分からなくて、俺はみっきーを見上げた。
「ほら、『刷り込み』ってやつ。 鳥類で多く見られる学習の一つでって、訊いた事あるでしょ? 初めて目にする物を親だと覚えこんでしまう現象の事」
「…… うん。 なんとなくだけど…訊いた事ある」
みっきーは、にっこり微笑んで言葉を続ける。
「そう、それだよ。 だから初めて男と経験してあまりにも気持ちよかったから、これがもしかしたら愛なんじゃないかって、直は思い込もうとしている」
「そう……、なのかな……」
「でも、そこから始まる本当の恋もあるかもしれない」
「…… どっちなんだよ?!」
クスクスと悪戯っぽい笑い声が、俺の頭上で響いてる。
「でもまぁ、彼女の事は本人に訊いてみない事には何も分からないけど……、でも……」
言葉を続けながら、みっきーの手がそっと俺の頬を包んで、目線を合わせた。
「ノンケとの恋愛は、この先辛い事いっぱいあるよ? 今は良くてもいつかまた、別の女の影がちらつくかもしれないし、結婚とかで別れないといけなくなるかもしれないし」
「…… 俺もノンケなんだけど……?」
「あはは! そうだったね。 まぁそうだけど、でももう直は男じゃないとダメだと思うよ。 素質あったもん」
「どんな素質だよ!」
体を離そうとして、突っ張った手を、みっきーの手に捕らえられて強く握られた。
「えっちな素質……」
そんな素質ねぇよ! と、唇を尖らせて背中を向けようとする俺の体をしっかり捕まえて抱きしめられて、背後からやけに真面目な声が聞こえてきた。
「直……、俺にしときなよ。 きっと相性合ってると思うよ? ……そうだなぁ、直とならさっき言った未来も想像できるな」
「未来って?」
「ほら、年取ったら、どこかの島とかで医者が居なくて困ってるような所に行って余生を送るってやつ」
「俺とだったらって……?」
「俺についてきて、一生一緒にいてくれる? って事」
―― へ?
「それって、なんかプロポーズに聞こえるんだけど?」
「プロポーズしてるんだけど? 真面目に?」
なんでそこ、『真面目に?』って疑問形なんだよ! って、そんな事はどうでもよくて……。 今、なんて言った?
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