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―― 想う心と○○な味の……(3)
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まだオープンして直ぐの時間帯だからか、カウンターに一人と、ボックス席に二人の客が座っているくらいで、店の中は静かだった。
アーリーアメリカン調の店内は、ダメージ感のあるウッドな質感の腰壁やカウンターに、暖かみのある柔らかいライトが、外の雑踏から隔離されたように落ち着いた気分になる。
透さんと最後に逢ったあの日から、みっきーに連れられて、時々この店に来るようになったから、スタッフの人とも顔馴染みになっていた。
カウンターの中から、バーテンダーの森岡さんが「直くん、いらっしゃい」と、笑顔を向けてくれる。
歳は、多分……みっきーより年上だと思う。
「こんばんは」
当たり前のようにカウンター席に座ろうとすると、「直、こっち」と、みっきーが店の奥にあるスタッフルームのドアの前に立ち、俺を呼んだ。
「え? あ、うん」
座りかけた椅子から離れて、スタッフルームへ向かおうとした俺に、森岡さんが「何かお飲み物、お持ちしましょうか?」と訊いてくれる。
「じゃあ、ジントニックにしようかな」
俺が森岡さんにお願いしていると、みっきーも「あ、俺はコーヒーね」と、奥のドアから顔を覗かせた。
「みっきー、アルコールじゃなくてもいいの?」
「うん、後で直を送ってくから。あ、森岡さん、それと、ちょっとなんかサンドイッチでも作ってくれる?」
「え? いいよ、俺は電車で帰るから」
慌ててそう言っても、どうせ自分も帰る時に車を運転するから同じ事。って言いながら、みっきーはスタッフルームへ入っていってしまう。
——みっきーが飲まないのに、俺だけっていうのも気がひけるな……。
「あー、すみません森岡さん、じゃあ、俺もコーヒーで!」
俺が振り向いて言い直せば、森岡さんは、にっこり笑って腰の辺りでOKのサインを出していた。
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この店のスタッフルームに入ったのは、新年会の時以来だった。
一人掛け用の肘掛の付いた椅子が3脚とテーブルと、小さめのクローゼット。細長い部屋の一番奥の窓際に、二人が座れるくらいの小さめのソファーが置いてある。
「直は酒呑めばいいのに」
みっきーは、一人掛け用の椅子にドカッと座って、煙草に火を点けながらそう言うと、傍に立った俺を上目遣いに見上げる。
「だって俺、未成年だし。保護者が呑まないんじゃ、ね?」
ちょっと冗談っぽく言ってみたら、みっきーは、ぶーっと、吹き出すように紫煙を吐き出して、「なにそれ、俺は保護者なわけ?」って咳き込みながら笑っている。
俺も一緒に笑いながら、隣に並べてあった椅子に腰を下ろす。
みっきーは、話したい事があるって言ってたけど、改まって何だろう? そう思うけど、みっきーはなかなか本題に入ろうとはしない。
暫く他愛のない事を話していると、森岡さんが二人分のコーヒーと、みっきーが頼んだサンドイッチを持ってきてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
コーヒーとサンドイッチをテーブルに置いて、部屋から出ようとする森岡さんに、みっきーが声をかける。
「ああ、ちょっと直とゆっくり話をしたいから、ここ、誰も入らないようにしてくれる?」
誰も入らないようにって、そんなに大事な話なんだろうか……。
いったい何ごとだろうと、コーヒーカップに口を付けながら、俺はみっきーの表情を窺った。
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