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 —— 想う心と○○な味の……(25)

 時計は夜の8時を回っていて、店内もディナーのお客様で混み合っていた。  俺は、久しぶりに通しで入った事もあって、かなり疲れていたけれど、そんな事は全然苦にならない。  それよりも他の事を考えて、俺は店の片隅でこっそりと溜め息を漏らしていた。  —— 透さん、やっぱり来なかったな……。  俺が透さんのマンションに行った日、すれ違いで俺の部屋の前に立っていたって啓太に聞いて、心のどこかで透さんも俺に会いたいと思ってくれているんじゃないかって、勝手に思ってて。  だから、今夜は金曜日だし、透さんが店に来てくれるかもしれないなんて、ちょっとだけ期待なんかしちゃってた。  なんで来てくれないんだろう、なんで連絡くれないんだろう。 そう思うと、途端に不安な感情が押し寄せてくる。  最後に会った時が、最悪な別れ方だったから。  あの日の事は後悔してもしきれないほど、思い出すと胸が締め付けられる。  **  スタッフルームに着替えに行く途中、厨房から池田さんが顔を出した。 「直、お疲れ……。 病み上がりで疲れただろ? 真っ直ぐ帰れよ。 明日から色々忙しくなるからな」 「はい、じゃお先にあがります。明日からよろしくお願いします。」 「おう、頑張ろうな。年上の彼女の為にもな」  言いながら、頭をクシャクシャと撫でられた。  池田さんの中では、俺の恋人は、すっかり『年上の彼女』と言う事になっているようだ。  ***  翌日からは、本当に毎日バイト漬けで、ホールの仕事とバレンタイン用のスイーツ作りで忙しくなった。    池田さんが閉店後に作った試作は、見た目はあのスケッチブックに描かれていたものそのままで。  食べてみると、外側のクッキー生地がサクサクしていて、中はふんわりシューの柔らかさ。  チョコクリームのほろ苦さがアクセントになっていた。    普通のシュークリームより大きめで、池田さんが言うには、「告白してうまくいったら、このハート型を二人で食べるんだよ」だそうだ。  お客様の希望があれば、薄くて小さめのチョコプレートに、メッセージを書くことになった。 俺はこの作業を特訓中。  チョコレートに生クリームを入れて絞りやすい硬さに調節したガナッシュを、小さな紙の絞り出し袋の中に入れて、文字を書く。  ガナッシュの硬さは、池田さんが見てくれるものの、小さなプレートに字を書くのは、かなり難しい。  ホールの仕事と、教えてもらったシュー生地を作る合間に、字を書く練習。  俺…なんか職人になった気分…。  でも、透さんにプレゼントする時は、このプレートに何かメッセージを自分で書きたいから、頑張る。  なんて書くのかは、全然まだ決まってないんだけど……。  お互いのマンションの部屋の前で待ってて、すれ違ってしまったあの夜から、俺はインフルエンザでダウンした後、バイトで忙しくなってしまって、透さんのマンションに行ってみる事もできない状態で。 その間、透さんから連絡がくる事もなかった。  忙しさに、不安は頭の隅に追いやっているけれど、もしかして、このまま会えなくなってしまったら…… って言う考えが、ふと気を抜いた時に押し寄せてきて、どうしようもなく不安に押しつぶされそうになる。  でも……、14日の夜には、きっと会える。  その日だって、マンションに行ったからって必ずしも会えるわけじゃない。  それは分かっているけど、少しでもその期待を信じていないと、ヘタレな俺の心は音を立てて崩れてしまいそうな気がしていた。

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