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 —— 想う心と○○な味の……(27)

 *****  今日の予定分のチョコクッキーシューも作り終わったから、ホールの方へ向かう。  ちょうど女性のお客様が、外に出ていくところで、フロアマネージャーの、「ありがとうございました」と、言う声が聞こえてきた。  何気なく窓の向こうの、今店を出たばかりの女性客の姿を目で追って、あれ? って思った。  後ろ姿だったから、はっきりとは分からないけど、知っている人に似ているような気がしたから。 「あのう……、今のお客様……」  まさかと思いながらマネージャーに話しかければ、マネージャーは「ああ、」と、俺が何を質問したいのか察したように、窓の外へ視線を巡らせた。 「あの人常連さんで、前はよく来てくれてたんだけど、なんか今はアメリカに住んでるらしくて……」  —— え? じゃあ、やっぱり今の人……。  そこまで聞いただけでも、ほぼ確信していた。 「あ、あの、去年まで男の人といつも一緒に来ていた人ですか? 結婚してアメリカに行ったって……」 「え? 直、よく知ってるね」  —— 間違いない…… 透さんの妹だ。 「なんかお兄さんの縁談が決まったらしくて、その事もあって一時帰国したらしいんだけど、ここのケーキが食べたくなって買いに来てくれたんだよ」 「え? 縁談…… ?」 「いつも一緒に来てた人、お兄さんなんだけど結婚するんだって」  —— え?   透さんが、…… 結婚? 「…… うそ……、」  気が付いた時には、俺は店の外に飛び出して、透さんの妹らしき人の姿を探していた。  店を飛び出す時、フロアマネージャーの俺を呼ぶ声が聞こえていたけど、理由を言ってる暇はなかった。 なんとかして、妹さんを捉まえて訊きたかった。  結婚の話が本当なのかを……。  でも車にでも乗ったのか、既にどこにも姿が見えない。  一応、駐車場や店の裏側の道まで回ってみたけど、見つける事ができなかった。  もう一度店に戻って、肩で息をしながら、マネージャーの腕をすがるように掴む。 「な、なんだよ、直!どうしたんだよ」  フロアマネージャーは、勝手に店を出て行った事に怒るかと思ったら、あまりの俺の慌てっぷりに驚いている。  でも、今の俺には周りを気にする余裕はなかった。 「あ、あの、さっきの人、マネージャーよく知ってる人なんですか?」 「いや、常連さんだったから、偶に世間話するくらいで……」 「じゃ、じゃあ、彼女さっき他に何か言ってませんでした?」 「他に……? ああ、お兄さんの結婚相手が関西の方の人で、結婚したらそっちに住む事になるからアメリカから帰ってきても、なかなか会えなくなるって……」  —— 関西……。  透さんが、…… 結婚して…… 関西に住む……?  きっと何かの間違いだ。  ほら、聞き間違いとかあるじゃん。  関西の方に旅行に行くだけなのに、勘違いした…… とか?   本人に訊くまで、どこまでが本当か分からないよね。  俺が、妹さんの事を、別れた恋人だと勝手に勘違いしてた時みたいに。  そうだよ、透さんに訊けばいいんだ。  時計を見ると、今は15時30分。  バイトが終わるのは17時。  あと少し、最後までちゃんとバイトして、それから透さんのマンションに行けばいい。  透さんは仕事に行っているだろうから、時間には余裕がある。  そうだよ、焦る事なんかない。  ちゃんと透さんに会った時に訊けばいいんだ。 「おい、直? あの人がどうかしたのか?」  マネージャーの声で我にかえった。  俺は今、仕事中なんだ。 「あ、すみませんでした。 いえ、何でもないんです」  さっき勝手に出て行った事も謝って、焦る気持ちを抑えて俺は仕事に戻った。

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