130 / 351
—— 想う心と○○な味の……(28)
***
17時過ぎに、予定通りバイトを上がる。
不安は、時間が経つにつれてどんどん大きくなってきていた。
心臓がドクドクと早打ちしている。
更衣室で私服に着替えるのももどかしく、逸る気持ちを抑えきれない。
脱いだユニフォームを、おざなりにロッカーに突っ込んで扉をパタンと閉める。
乱暴にしたつもりはないけど、ロッカーは大きな音を立てて、振動で揺れてしまった。
『透さんが結婚』という言葉が、胸の内を騒つかせている。
なんだか分かんないけど、早く透さんに会わないと…… って、気持ちが焦っていた。
ラッピングしたチョコクッキーシューの入った紙袋を胸に抱えて、店から駅までの道のりを全力で走った。
ホームまでエスカレーターを駆け上がり、発車寸前の閉まりかかったドアの隙間に滑り込む。
こんな早い時間に透さんが家に帰ってる可能性は低いのに、何故か気持ちは急いていた。
閉まった扉に手を突き甲の上に額を押し当てて、上がった息が整うのを待つ間、目を閉じて瞼の裏に透さんの姿を思い浮かべていた。
—— どうか…… 会えますように。
***
透さんのマンションのエントランスで、こないだ来た時に確認した部屋の番号を入力する。
…… 反応はない。
—— どうしよう……。
エントランスから少し離れて、外で誰かが入るが出るかするのを待つしかないか……。
考えていると、ちょうどまた前に来た時と同じように、中から人が出てくるのが見えて、ドアが開きかけた瞬間に、その人が出るよりも先に中へ滑り込むように入った。
気持ちに余裕なんて全く無くなっていて、すれ違った住人に会釈すら出来なかった。
エレベーターに乗り込み、透さんの部屋の階を押して、開閉ボタンを連打する。
「—— くそっ!」
ゆっくり閉まるドアに、八つ当たりしたい気分になっていた。
12階に着いて開きかけたエレベーターの扉を中から無理やりにこじ開けて、透さんの部屋の前まで走っていく。
インターホンを鳴らしてみたけれど、中からの応答はやっぱり無かった。
「どうしよう……」
待つしかないけど、それでも会えなかったら…… と、悪い方にばかり考えてしまう。
「俺…… 透さんの事、なんにも知らないんだ」
透さんの勤め先とか、どんな仕事をしているのか、実家はどこにあるのか。
そんな基本的な事すら、何も知らない。
それは、透さんと俺の関係がこんなにも薄いと言う現実を、俺に気付かせる。
ともだちにシェアしよう!