142 / 351

 —— 想う心と○○な味の……(40)

 自分の気持ちは、もっと前から気付いてたはずなのに。  気付かないふりをして、透さんを傷つけてしまった。  —— 透さんだって! 俺と同じじゃないか!  俺のこと好きでもないくせに! 他に好きな人がいるのに、俺を抱いたくせにッ!  あの時、もっと素直になっていたら……、今も一緒にいられたかもしれない。  こうして後悔の数ばかり数えてしまうけど……。  それでも、一緒にいた短い時間を、忘れてしまう事の方が辛かった。 *** 「直、できあがったシュー、店の方に持ってって」 「はい!」  あのバレンタインの時のクッキーシューが好評だったので、定番メニューになっている。  でもチョコじゃなくて、プレーンタイプ。  チョコは、バレンタイン時期の期間限定。  あのクッキーシューが、定番になった事が、ここ最近での俺の中での一番明るいニュース。  だって、あの一週間は本当に一生懸命だったから。  料理なんて全く駄目な俺が、パティシエの池田さんに教えてもらって、めちゃ練習して。  あんなに真剣になったのも、すごい充実感を味わったのも、生まれて初めてのような気がしたから、こうして形に残る事が嬉しかった。  そしてそのまま、クッキーシューは俺の担当になっていて、今は厨房とホールを半々くらいの割合で入っている。  シューをショーケースの中に並べていると、店の扉が開いたのに気付いて、「いらっしゃいませー」と、声を出しながら顔をあげた。  ドアを開けて入ってきたのは、長身で、黙ってさえいればモデルのような出で立ちのみっきー。 「なーお、元気ー?」 「いらっしゃい、みっきー」  席に案内しようとすると、「あ、すぐ行くからいいんだ」と言って、俺に何やらメモを握らせる。 「…… 何?」と、顔を見上げれば、みっきーは少し屈んで俺の耳元に、「透の……、」と、小さく囁いた。 「…… え?」 「直は、もういいって言ってたから、おせっかいかもしれないけど……。 でもそれじゃ、二人の仲を邪魔しちゃった俺の気が済まないしね」  そう言いながら、みっきーは背筋を伸ばして、照れたように少しだけ目を逸らす。 「透の実家に電話してみたんだ。 そうしたら何かバタバタしてるみたいで、両親は不在だった。 留守番してるって人から聞いただけだから、勤め先しか分からなかったけど」  俺は、みっきーから渡されたメモを見詰めた。 「透さん、ここの会社にいるの……」 「勤め先は確かだから、行ってみたら? 大阪だって。 そこに住所と電話番号も書いてるでしょ?」 「う……ん」  俺が会いに行っても、いいのかな。 「結婚するにしろ、しないにしろ、話くらいはしてもいいと思うんだよね、俺は」 「うん……」  透さんの勤め先が書かれた紙をじっと見詰めたまま固まっている俺の背中を、いきなりみっきーがバシッと叩く。 「難しく考えないで、大阪観光でもするつもりで、行ってきな」  そう言われただけで、不思議と本当に気持ちが楽になっていく。 「じゃ、そういうことだから。 健闘を祈ってる」  それだけ言って店を出ていく背中に慌てて、「あ、ありがとう」と、声をかければ、みっきーは片手をヒラヒラさせながら、「なんかあったら連絡して」と、満面の笑みをくれた。 「…… 観光って……」と、声に出して呟けば、おかしくて自然に口元が綻んだ。  そしてもう一度、手の中のメモに視線を戻す。  それは、透さんへ繋がる唯一の手がかり。  また、みっきーに背中を押してもらった気がしていた。

ともだちにシェアしよう!