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―― 想う心と○○な味の……(43)
「…… あれ……、先客ありかぁ……」
ベンチにはもう誰かが座っていて、同じ事考える人っているんだなって、ちょっと残念。
仕方がないのでその前を通り過ぎようとして、何となく……、本当に何となく気になって、視線をその人へ、チラッと向けた。
薄いグレーのジャケットに、ベージュのパンツ、サラリーマンじゃなさそうな服装の男性。
向こうも、こちらに気が付いて、目が合ってしまった。
スーツじゃなくて、ラフなスタイルのその人は、街灯の薄暗い灯りが逆光になっていて、顔がよく見えない。
でも、その人も俺のことを見ているのは、はっきりと分かった。
足は完全に歩くのを止めて、俺はじっと目を凝らす。
…… やけに、心臓の音が五月蝿い。
10数メートル離れた位置で、お互い視線が絡んだまま、周りの空気が止まったように思えた。
それは、ほんの数秒にも感じるし、ものすごく長い時間にも感じた。
その人は、ゆっくりと立ち上がる。
スラリとした体型。
街灯の灯りが、黒い髪を艶やかに照らしている。
顔はよく見えないけど、その人が自分のよく知っている人だと、俺はもう分かっているのに、声を出そうと思っても、唇が震えて上手く動かせそうになくて、固まってしまったまま、視線を外せないでいる。
その人は手にした携帯を、ゆっくりと耳に当てた。
―― ヴーーーッ、ヴーーーッ……
その時、俺の携帯が、ジャケットのポケットの中で、振動した。
すぐに取り出して確認したディスプレイには、ただ番号だけが映し出されてる。
受話ボタンを押す指が震えた。
心臓が壊れそうなくらい早鐘を打ってる。
一瞬の沈黙の後、「…… 直くん?」と、あの人の優しい声が耳に届いた。
携帯からと、今、目の前に立っている人からと、同時に。
…… 透さん!
携帯を耳にあてたまま、呆然と立ち尽くす俺に、目の前にいるその人も同じように携帯を耳にあてたまま、ゆっくりとこちらへ距離を縮めてくる。
段々と、その綺麗な顔が、薄明かりに照らされて、はっきりと見えてくる。
「…… まさか…… ここで逢えるとは思わなかったよ」
固まってしまって、何も言えずにいる俺の目の前に立つその人の声と、携帯越しの声が重なって、ひとつになる。
「…… 透さん……、」
やっと出せた俺の声は、情けない程に、掠れていた。
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