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—— 想う心と○○な味の……(44)
「久しぶりだね」
携帯の通話を切ると、目の前の人の優しい声だけが静かに耳に届く。
—— なんで…大阪にいる筈の透さんがここに?
こんなにも近くで、あんなに逢いたかった人の声がすぐ傍で聞こえている。
今ここに、透さんがいる事が、夢の様で現実に思えなくて……。
透さんに逢ったら、言わなくちゃいけない事がいっぱいあった筈なのに、全然思い付かなくて。
ああ……、そうだ……、まずは透さんを傷つけてしまったことを謝らないと。
みっきーの事や、妹さんのことを勝手に誤解して、もう会わないと言っちゃった事とか。
「…… あの……、」
「直くん、本当にごめんね」
俺が言うよりも早く、透さんがそう言って、小さく頭を下げた。。
—— な、なんで? 透さんは何も悪くないのに……。
やっぱり俺とは、もう終わりって事? ちゃんと別れを言う為に会いにきたって事なのかな……。 そう思うと、目頭が熱くなってくる。
「な…… んで、透さんが謝るの?」
それだけ言うのが精一杯で、俺は勝手に震えてしまう唇を噛み締めた。
「…… 直くんを傷つけてしまったから……」
透さんのその言葉に、『結婚』の文字が頭を過ぎった。
長い睫を伏せて、苦しげに紡ぐ言葉の先を聞くのが怖くて、俺は俯いてしまう。
だけど、透さんが続けた言葉は、俺が全く予想もつかない意外なものだった。
「直くんに嫌われてしまっても、仕方がないと思う」
—— え?
俺が勝手に誤解して、悪いのは俺なのにと、言うより先に透さんが言葉を続ける。
「あの日、嫉妬心から、激情だけで直くんを抱いてしまった」
「俺が透さんを嫌いになるなんて、そんなこと…… そんなこと、」
透さんの言葉に、咄嗟に言ってしまった声が重なった。
って、…… え? …… 嫉妬?
「そんな!あれは、俺が悪いんだか…… ら……、」
驚いて顔を上げれば、気まずそうな表情で俺を見つめる透さんと漸く目が合って、勢いよく言いかけた声が、最後は段々小さくなってしまう。
ぽかんとする俺に、透さんは「ベンチに座らない?」と言って、さっき座っていたベンチまで歩いていく。
俺も、その背中を追いかけて、透さんの横に…… 少し距離を置いて座った。
「直くん……、俺はね、人を本気で好きになるなんて、あり得ないことだと思っていたんだよ」
「…… え?!」
それは、いつも優しくて穏やかな透さんの言葉とは思えなくて、俺は驚いて隣の透さんを見上げた。
綺麗なのに、どこか寂しそうな哀しい漆黒の瞳がそこにあった。
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