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―― 想う心と○○な味の……(48)
「透さん、これ一緒に食べたいな」
これ……、と言って、クッキーシューの入った紙袋に視線を落としてから、透さんを見上げた。
あの日は、クリスマスケーキを一緒に食べようと誘ったんだっけ。
「いいの? 俺と一緒に食べて」
「いいに決まってる!」
透さんは、少し考えるように首を傾げてから、にっこりと微笑んで、「じゃあ、もし直くんが良ければ、俺んちで食べない?」と、言ってくれた。
二人で、クスクスと笑いながら、あの日自分達が言った台詞を思い出している。
「いいの? お邪魔しても?」
「勿論。 暖かいコーヒーも淹れるよ」
そこまで言葉を繋いで、俺はふと思い出した。
「…… 透さんちって…… どこ?」
透さんはあのマンションを引越したから、今は何処に住んでいるんだろう。
「ここから電車で、そう遠くないよ。 前より、直くんちにも近くなったかな」
「大阪に引越したのかと、思ってた……」
「前のマンションは、親が引き払ったから……。 勝手に大阪に住む予定にされてたけど……、婚約破棄をして、会社も退職したし……」
―― え?それって……。
「新しいマンションは前の所より狭いけど、いいかな」
にっこり微笑んで、簡単に言ってるけど! て言うか、狭いのは全然いいんだけど! それより……、
「あ、あの、会社辞めたって? 実家の?」
「いや、親の会社に入る前に、婚約者だった人の親が経営する会社に行けって言われて勤めていたんだ。 結婚したら、暫く大阪本社勤務になるから転勤って形で大阪に行かされていたんだけど……」
それで色々ごたごたしていて、何も言わずに行ってしまってごめんね、心配かけさせたね。って、謝る透さんに、俺は首を横に振る。
透さんが突然いなくなって、もう会えないかもと思った時は、訳わかんなくて、それは本当に辛かったけど。
それはもう、いいんだ。 今ここに、透さんがいてくれるから。
「じゃあ、実家の会社に戻るの?」
透さんは、苦笑しながら首を横に振る。
「もう、家に振り回されるのは、やめたから」
そう言うと、俺の手を握って立ち上がった。
「心配しなくても大丈夫だよ。 もう次の仕事は決まっているから」
そうなのか? 大丈夫なのか? でも透さんが大丈夫と言ってるから、きっと大丈夫なのかな、なんて考えていると、「行こうか」と、俺の手を握り直して手を繋いだまま歩き出す。
「ちょ、ちょっ、透さん、電車で行くの? なら手、手ぇ、駄目だって!」
慌てる俺に透さんは立ち止まって、「なんで?」って、不思議そうな顔をしている。
「だ、だって、男同士だしっ、変な目で見られちゃうよ」
「いいよ、変な目で見られても、今夜は特別」
そう言って、また手を繋いだまま歩き出した透さんの顔を、少し斜め後ろから眺めながらついて行く。
しっかり繋がれた左手に幸せを感じると、なんだかまた顔が緩んできちゃう。「ま、いっか……」と呟いて、繋いだ手をキュッと握り返すと、透さんが肩越しに振り向いて、優しく目を細めて微笑んでくれる。
満員電車の中も、駅から透さんのマンションまでも、透さんが部屋の鍵を開けている間も、ずっと手を握り締めたまま。
繋いだこの手が、もう二度と離れないように…… と願いながら。
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