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―― Moonlight scandal(13)
玄関のドアを開けると、黒いショートボブな髪型に、シンプルなスーツを着こなした、いかにも仕事の出来そうな中年の女性が立っていた。
…… この人が、透さんの……。
美人だけど、有無を言わせぬ態度に圧倒される。
「あの、透さんは、もうすぐ帰ってくると思いますが……」
「では、中で待たせてもらいます」
俺が言い終るのを待たずに、言葉を被せられた。
「…… は、はい、どうぞ」
俺が、客用のスリッパを用意していると、「美絵さん、お入りになって」と、ドアの向こう側に声をかけている。
「…… ?」
お母さんに促されて入ってきた人は、清楚な感じの可愛い女の人。
—— 誰だろう……。
俺は、疑問に思いながらも、二人をリビングのソファーへ案内した。
***
—— 透さん、早く帰ってこないかなぁ……。
心の中でそう呟きながら、冷たい麦茶を二人の前に置く。
部屋の中は、さっき作ったカレーの匂いが微かに漂っている。
透さんのお母さんは、部屋の中をぐるりと見渡してから、俺へと視線を向けた。
「留守中に、夕飯の準備をして、こうしてお茶の用意もしてくださるなんて、透さんとは、随分と、親しい間柄なのかしら?」
そう訊かれると、戸惑ってしまう……。 透さんとの本当の関係を言えるわけもなくて。
「あ、あの、いつも透さんには、お世話になっていて、それで…、」
あああっ!もう!なんて言ったらいいのか分かんねぇ!
「お友達にしては、随分とお若いようですし」
「あ、いえ、あの、確かに歳は離れていますけど、親しくさせていただいています」
しどろもどろに、何とか応えたけど……。
—— あぁ、なんとか話を変えないとっ!
「あ、あの、そちらの方は……?」
俺は、苦し紛れに話題をもう一人の女性に向けてみた。
清楚なお嬢様って感じの人は、部屋に入ってから、何も喋らずに、静かに微笑むような表情で、ただお母さんの隣に座っている。
透さんの妹さんでもないし、いったい誰なんだろうって、気になっていたし。
「こちらは、坂上美絵さん。 透さんの婚約者ですわ」
「…… え?」
え? えへへ……。 えーと、今なんて言ったのかな。 と、頭の中でお母さんの言葉を反復してみたけれど、今ひとつ頭にスッと入ってこない。
だって…… そんなこと訊いてない……。 前に婚約の話があったのは知ってるけど……。
「あら? ご存知なかったかしら?」
まるで、そんな事も知らない間柄なのに、なんでここにいるの? って、言われているようで、居た堪れない。
「…… あ、あの、前に婚約の話は無くなったと、訊いてますが……」
俺は、婚約者だという美絵さんを気にしながらも、恐る恐る訊いてみた。
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