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 ―― Moonlight scandal(14)

「透さんが、どう言ったのか知りませんけど、婚約の話はなくなったりしていません」  —— 婚約の話はなくなってない?  その言葉に、俺は呆然としてしまう。 「透さんは、あちらの会社を勝手に退職してきてしまったようですけど、美絵さんのお父様は寛大な方ですから、そんなことがあっても、予定通りにうちの社との業務提携のお話も決まっていますし」  —— それで、透さんと美絵さんが一緒になれば、こんなに良いお話は、ありませんでしょう?  そう続けられた言葉は耳には届いているけれど、それを頭で理解することが出来ない。  美絵さんはお母さんの隣で、少し俯き加減で頬を染めている。  …… そんな……。 でも透さんは絶対結婚なんてしない……。 だって透さんは……。  今の透さんには、そんな気持ちは絶対無い筈だって、信じてる、信じてるけど……。  なのに、何故か心が痛くて、膝がガクガクと震えだしていた。  その時、玄関のドアが開く音がする。  ―― 透さんだ…… !  透さんが帰ってきたのが分かってるのに、膝の震えが治まらなくて、立ち上がることが出来ない。 「ただいま」と言う声と、リビングのドアが開く音に、椅子に座ったまま上半身だけ振り向くと、リビングのドアを開けて入ってきた透さんの驚いた顔が見えた。 「お、かえりなさい」  なんとか出せた声も少し震えている。 そんな俺に、透さんは少し微笑んで頷いてくれて、それから二人の方に視線を向けた。 「…… お久しぶりです。今日は、どうされたんですか?」  透さんの言葉に、美絵さんが頬を赤く染めながら、 「お帰りなさい透さん、お留守にお邪魔しています」と立ち上がって、可愛く微笑んで会釈する。 「どうされたんですか? は、ないでしょう? 透さん」  お母さんは微笑んでいるけれど、少し怒った口調で、そう言いながら、立ち上がった。 「先日、電話した時に、お父様が入院されたことを伝えた筈なのに、お見舞いにも行ってないらしいですね?」  —— え?! お父さんが入院?  お母さんの言葉に、俺は驚いたけど、透さんは表情を崩さずに、「はい」と頷いて、「ただの検査入院と訊いていますので」と続けた。 「電話でも話しましたけど、週末の提携記念のパーティーには、お父様の代わりに出席してもらわないと困りますよ。」  …… 週末?パーティー? 何のことだろう…… と、考えているとお母さんの視線を感じた。  俺は関係ないのに、ここにいたら不味いような気がしてくる。 「…… あ、あの透さん、俺、帰った方が……」  荷物を取りに行きかけると、透さんに腕を引かれる。 「…… いいよ、直くん。 話は直ぐに終わるから」 「…… でも……、」  —— お母さんの視線が怖いよ。 「そうね、申し訳ありませんけど、今日は帰っていただけないかしら。 美絵さんもいらっしゃることですし、透さんと一緒に夕食でもと思って、迎えにきたんですよ」  —— 美絵さんもいらっしゃる事ですし……。 と言う言葉が、胸に突き刺さる。  絶対に透さんは婚約しているつもりは無いと、信じているけど、それでも、このままこの場に居続けると、心が砕けそうな気がしていた。 「お、俺、今夜は帰るから、また連絡して」  それだけ言うと、俺は一礼してリビングのドアを開けて玄関へと走った。 「直くん! 待って!」  靴を履いて、玄関のドアノブに手をかけたところで、後ろから透さんに腕を掴まれた。

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