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―― Moonlight scandal(19)
「もしもし……、直くん?」
携帯から聞こえてくる、優しい透さんの声。
でもいつもよりも少し掠れていて、疲れているようにも思えた。
******
約束の土曜日。
午後2時の待ち合わせの為、俺はあるホテルのロビーにいた。
「直くーん!」
俺の沈んだ気持ちとは全く逆の、明るくて大きな声に呼ばれて顔を上げると、入口から手を振りながら此方へ走って来る、テルさんの姿を見つけた。
「ごめん、待った?」
今日も外は、茹だるような暑さで、テルさんは両手にいっぱいの買い物した紙袋を抱えて、額に汗を滲ませている。
「ううん、俺も今来たとこだから。」
テルさんは、俺の親父の再婚相手。
二人が結婚して、もうすぐ3年で、テルさんは俺とは一回りしか年が離れてなくて、お母さんと言うよりは、友達みたいな関係。
父親の再婚相手…… 透さんの家と同じ関係だけど、接し方は全然違うな…… って、ハンカチで汗を拭うテルさんを見ながら思う。
親父が再婚した時、テルさんは、俺に「お母さん」と呼ばなくていいって、言っていた。
『年もそんなに離れてないし、お姉さんでもいいけど、名前で呼んでくれたら嬉しいな』
そう言って、笑ってた。 多分、気を使ってくれたんだろうなと思う。
本当の母親は、俺が小さい時に亡くなったし、もう高校生になっていた俺も、父親の再婚に反対するほど、ガキでもなかったし。
呼び方だって、本当は何でもいいと思ったりしてたけど、テルさんの、そういう気遣いが嬉しかったりもしていた。
いつも明るくて、俺や姉ちゃんにも、友達みたいに接してくれるテルさんが、親父の嫁さんになってくれて、本当に良かったなって思ってる。
「テルさん、それ、何買ったの?」
テルさんの両手を塞いでいる大量の紙袋を指さした。
「えへへー、都会に出てくるの、久しぶりでしょー? 思いっきりカード使っちゃった。 あ、そうそう! 見てこれ、直くんにどうかなーと思って」
沢山ある紙袋の中の一つを持ちげて、おもむろに服を取り出すテルさん。
「ちょっ、こんなとこで開けないでってば」と、止めたけど、すでに遅し。
「可愛いでしょこれ」
テルさんが取り出した服は、白地に黒いラインの、セーラーカラーのブラウスに、黒地に白いラインが裾に2本入ったプリーツのミニスカート。 オーガンジーの黒いスカーフ。
「…… なにこれ……」
「え? 服、だけど?」
服は、分かってます。
「これ、女物でしょう?」
「えー? だって、私はさすがに着れないもん」
俺だって着れません!
「お正月のゴスロリ服似合ってたし、お盆には家に帰ってくるでしょう? その時、着てみてね」
「いや、着ないからっ」
俺の言うこと、聞いてるのか、聞いてないのか、
「直くん、帰って来ないと、直くんのお母さんが寂しがるからね」
テルさんは、服を元通りに綺麗に畳んで、紙袋に入れながら、呟く。
「…… うん」
女物の服を着るのは、もう絶対嫌だけど、そんなやり取りをしながら、テルさんなりの優しさを、嬉しく思った。
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