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 —— Moonlight scandal(28)

「そんなに深く考えないで、ただ俺が紹介したいだけなんだし、気楽にしてて」と、透さんは言うけれど……。  緊張するなと言う方が無理だよ。 だって、透さんのお父さんだよ?  透さんを小さい頃から、会社の後継ぎとして、厳しく育ててきて、会社の為に、透さんのお母さんと別れて、再婚して、それでお母さんが亡くなった時も、葬式も行かない。  家族の幸せより、優先するのは会社の事、みたいな、冷たいイメージがあって。  会うってだけなんだけど、正直なんとなく怖い。  透さんは、俺の事を、何て紹介するつもりなんだろう。  まさか、さっき言ったみたいに、「大切な人。」ってお父さんの前で言うはずないしっ。  てか、そんな事言ったら、お父さんに俺がめっちゃ怒られそうな気がするっ。  じゃ、じゃあ、『大切な人』じゃなくて、『大切な友達』って紹介するのかも。  —— そうだな、そうに決まってる。 「………」  —— 『もう家の事や会社の事で、直くんに辛い思いはさせない。 だから、会わせたい人がいるんだ』  ふと、ここに来る前に、透さんに言われた事が頭を過って、透さんのお父さんと会うって意味が、どう言う事なのか、やっと回らない脳で、なんとなく理解できた気がして。  その途端、心臓が壊れるんじゃないかと思うくらい、高鳴りだした。  それだと、『大切な友達』じゃなくて、やっぱ『大切な人』?!  な、なんか『友達』と、『人』の違いだけで、意味合いが全然変わってくる気がするんだけど!  思わず、透さんを見上げたら、もうすでに病院の最上階の、なんだか重厚な扉の前で、透さんは足を止めて、俺に微笑みかけていた。 「ここ…… ?」  どう見ても、普通の病院の個室じゃない…… 特別室な扉に、足が竦んでしまいそう。  ドキドキする胸の辺りのシャツを握りしめて、落ち着こうとするけど、無理っぽい。  逃げ出したい気持ちが、足を一歩、後ろに後退させる。 「直くん、」  透さんが、優しい声で名前を囁くように呼んで、俺の手をギュッと握りしめてくれる。   俺を見詰める瞳は優しくて、 『大丈夫だよ。』と、言葉に出さずに、瞳だけで語りかけているようで。  ただそれだけの事なのに、まるで魔法にかかったように、不思議と心が落ち着いてくる。  *** 「透です」  軽くノックすると、重厚な扉はすぐに開かれる。 「いらっしゃると思っていました」  部屋の中から出てきた男性が、そう言って透さんに深々と頭を下げる。  30代半ばくらいの、高そうなスーツをピシッと着こなした、ちょっと神経質そうだけど、いかにも仕事ができそうな感じの人だ。

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