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—— Moonlight scandal(29)
「突然すみません、今、大丈夫ですか?」
その人は透さんに、「大丈夫ですよ」と言ってから、俺の方に視線を向ける。
少しも表情を崩さないその人の視線に、緊張感がさらに高まってくる。
訳も分からず、俺も取り敢えず頭を下げた。
「外は暑かったでしょう。 どうぞ中にお入りください。 すぐに冷たい飲み物をご用意致しますので」
中に入ると、そこには入院患者のベッドなんて無くて。 リビングのような作りになっていて、応接セットが中央に置いてあって、ミニキッチンまである。
部屋の一角に和室が繋がっていて、付き添いの人が泊まれるようになっているんだろうか。
応接セットの後方にはドアがあって、隣にもう一部屋あるようだ。
—— これ…… 病室なんだろうか…… 俺のワンルームよりよっぽど広いんだけど……。
「すぐに帰りますから、どうぞお構いなく」
やんわりと断る透さんの言葉に、飲み物の用意をしようとしている手を止めて、その人は透さんの方へ向き直る。
「そうですか?では、少々お待ちください」
軽く一礼してから、奥のドアの前に立ち、コンコンと2回ノックしてドアの向こうに声をかけた。
「社長、透さんがお見えになりましたが、お通ししても宜しいですか」
中から、「ああ……、どうぞ」と、男の人の声で返事が聞こえてきた。
ドアを開けて、「どうぞ」と促されて、部屋の中へと足を進める透さんの後ろから、背中に隠れるように、俺もおずおずと後に続いた。
「どうぞごゆっくり」
部屋の中へ入った俺の後ろで、控えめな声が聞こえて、肩越しに振り返ると、やっぱり無表情のままのその人と、一瞬目があった。
そのまま、ドアは静かに閉められる。
しんと、静かな部屋の中の空気が、一気に纏わり付いたような気がして、俺は、何秒か固まったまま、閉じられたドアを無意識に眺めていた。
—— き、緊張する……。
閉められたドアから視線を外して、ぎこちなく前に向き直ると、目の前には透さんの背中がある。
部屋の全貌は、透さんに遮られてて、まだ見えないけど、透さんの向こう側に誰かがいる気配だけは、はっきり感じる。
「起きてて大丈夫なんですか」
「ああ、どこも悪くないのに、ちょっと疲れて貧血で倒れただけで、検査とか大げさなんだよ。 …… それより……」
透さんに似ているけど、もっと低い柔らかい声。
「早かったね。 パーティーは滞りなく終わったか?」
「はい。 最後までは居りませんでしたが、賓客には、言われた通りに挨拶してきましたので」
「…… そうか。 まあ、いい」
姿は見えないけど、その声は少し笑いながら話しているように聞こえた。
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