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—— Moonlight scandal(36)
1時間もしないうちに、何処かの住宅街を通り抜け、車は長いゆるやかな坂道を登って行く。
坂道を上り切った所の角の少し薄暗い細い道の路肩に、透さんは車を停めた。
「ここ?」
俺は、フィットネスクラブのような所に行くと思っていたから、もっと人通りが多くて、賑やかな場所を想像していたんだけど、ここはすぐ近くに住宅街があって、もう夜だからか、とても静かで、大通りから路地に入ると、車も滅多に通らない。
「ここだよ。 裏門からの方が目立たないかな、と思って」
「裏門?」
言われて、窓の外を見遣ると、煉瓦作りの高い塀が、ずっと先まで続いていて、裏門と呼ぶには、大きくて高い門扉が見えている。
「これ? すげえデカいけど、誰のお屋敷?」
「いや、学校だよ。 俺の卒業した高校」
「えっ?」
驚く俺のことを、透さんは悪戯っぽく笑いながら眺めてる。
「え、だって、泳ぐんじゃなかったの?」
「勿論、泳ぐんだよ」
行こうか、と言いながら、透さんはドアを開けて車を降りた。
どういう事か分からないけど、俺も車を降りて、透さんの後を追いかけた。
透さんが裏門と言った門柱に、学校名が書いてあるのが目に入って、俺も聞いたことのある、有名な私立の進学校だという事が分かった。
—— ここ、透さんの卒業した学校なんだ……。
やっぱ、すげえな透さんて…… って、一人で感心していたら、「塀は、高いから、ここからしか登れないね」と言って、透さんは門扉に足をかけて、よじ登ろうとしてる。
「ちょっ、透さん! そんな事していいの? 大丈夫なの?」
「大丈夫な訳ないから、静かに音を立てないように登らないとダメだよ」
—— い、いや、そう言う問題じゃなくて!
そう思ったけど、つられて俺も小声で話す。
「つか、なんで学校なの?」
「プールがあるから、だけど?」
いやいやいやいや、例えプールがあっても、勝手に入ったら、これ、犯罪じゃないの?
俺の心配を他所に、透さんは大真面目な顔で、楽々と門扉を登って行く。
上までよじ登ると、向こう側に身体を移動して、そのままスタンッと、最小限の音をたてて、地面に飛び降りた。
「ほら、直くんも早く」
小声で呼ぶ透さんに、俺も仕方なく同じように、門扉をよじ登り、向こう側に飛び降りようとすると、透さんが両手を伸ばして「おいで」と、微笑む。
—— ああ、もうその笑顔、反則。
夜の学校に勝手に侵入しようとしている緊張感とは別に、ドキドキしながら腕を伸ばして、そのまま透さんの胸に抱きとめられるように、飛び降りた。
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