219 / 351

 —— Moonlight scandal(43)

「え……?」  動きを止めて、思わず首を竦めた。 耳を澄まして辺りの様子をうかがう。  プールのフェンスの向こう側は木々で囲まれていて、辺りは暗闇が広がっている。 誰かがいる気配は感じられないけど……。 「あ……」  暗闇のずっと向こうの方で、一瞬チラチラと何かが光ったのが見えた。  光は直ぐに見えなくなって、しばらくするとまた光る。  今度は 直ぐには消えずに、揺らめきながら動いていて、此方の方へ近付いてくるように見えた。  時々、違う方向に光の帯が伸びて、暗闇に残像を描く。  —— あれは懐中電灯の光だ。 「直くん、プールの中に入って」  透さんに小声で言われて、漸く今のヤバい状況に緊張で身体が強張る。  なるべく音を立てないように、ゆっくりと、水の中へ入った。  身体を支える為にプールサイドに付いた手に力が入って腕がプルプルと震える。  辺りが嘘のように静かだ。  外の道を通過する車も、こんな時に限って一台も来ない。  時折緩く吹いていた風が木々の葉を揺らす音も、今は聞こえない。  身を隠す為に飛び込み台の方へと、ゆっくり移動して行く間、微かに立ててしまう水音にすら、心臓がドキンと跳ねた。  息を潜めて、ギュッと目を瞑り、手は知らないうちに透さんにしがみついていた。  そっと俺の肩に回された透さんの腕に力が入って、しっかりと抱き寄せられた。  耳を澄ませば、砂利道を踏む足音が、ゆっくりと近付いてくる。  —— ヤバい! 絶対絶命って、こういう時に使う言葉なんじゃねーの? 『夜の学校のプールで、全裸で抱き合っていた男二人逮捕!』  —— あぁ、明日の朝刊の見出しは、やっぱ、こっちに決まりだな。 …… なんて、冗談で済めば良いんだけど!  その時、懐中電灯の光が、入り口の方から反対側のフェンスを照らした。  —— もう近くまで来てる!  砂利を踏みしめる音も、すぐ近くで聞こえている。  —— マジでヤバい! どっ、どうしたら!?  ドキドキしながら見上げれば、透さんは、俺の目を見つめながら、一度だけ安心させるように頷いて、唇に人差し指をあてる。  静かにしてろって事だろうけど、このままじゃ見つかってしまいそうで、俺は気が気でなかった。  砂利の音が止まり、ガシャンと、入り口の柵の音がする。  —— な、中に入ってきた?  懐中電灯の光が、忙しなくプールの上を動いて、心臓が有り得ないくらいにドキドキする。

ともだちにシェアしよう!