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—— Moonlight scandal(44)
「直くん、息をいっぱい吸って、潜るよ。 出来るね?」
「え?」
耳元で小声で囁いた透さんを、驚いて見上げた。 言葉には出さないけど、『大丈夫だよ』と、俺を安心させるような眼差しをくれる。
俺は透さんと視線を合わせて、無言で頷いた。
肺いっぱいに息を吸って、水音を立てないように、なるべく深く潜る。
心臓のドキドキが止まらない。
水の中で目を開けると、懐中電灯のライトらしき光が、ゆっくりと水面を行き来している。
すぐ近くまで来ているんだろうか。 それも分からない状況で、ただただ早くどこかに行ってくれる事だけを願っていた。
長い間、息を止めるのは、まぁまぁ得意。
小学校の時に、啓太とよく競争したっけ……。 なんて、こんな時に子供の頃の光景が過る。
息はまだ大丈夫! …… なんだけど、何故か身体が段々と浮いてくる。
あまり、手足を動かしたら、見つかってしまいそうなのに。
焦っていると、透さんの腕に引き寄せられた。
そのまま抱きしめられて、ゆっくりとプールの底へ身体が降りていく。
俺は、透さんにしっかりとしがみ付いているだけ。
水面で、光がまだゆらゆらと揺れているのが見えている。
—— どうしよう、そろそろ息が限界っぽい。
こんな場所で裸で泳いでるのが、もし見つかってしまったら……。 俺はいいけど、透さんは……。
透さんのお母さんや婚約者の顔が、頭を過る。
…… スキャンダルと言う言葉が、また蘇ってくる。
お父さんは、もう会社とも家とも、関係無いって言ってくれていたけど。
それでもやっぱり、こんな事見つかったら、面白おかしく報道されたりするんじゃないだろうか。
—— 俺が、泳ぎたいなんて、我儘言ったからだ。
俺のせいだ。
俺の‥…。
今だって、本当にもう息が限界が近くて、堪らずにギュッと目を閉じた。 そうすれば少しは苦しいのをやり過ごせる気がして。
でも…… もう、駄目だ……。 透さん、ごめん、また俺のせいで……。
その時、唇に柔らかいものが触れた。
合わさった唇の隙間から、コポッと大きな泡がひとつ上へと上がっていく。
目を開けると、視界いっぱいに透さんの顔。
ほんの少し、息が楽になったような気がする。
…… 1…… 2…… 3…… と、最初は数を数えていたけど、段々と頭がぼんやりしてきて、何秒まで数えたのか分からなくなってしまっていた。
唇が離れた瞬間、微かに零した息が、小さな水の泡を作り、二人の間からキラキラと浮かび上がっていく。
水の泡は、水面までたどり着くと、静かに消える。
—— 綺麗だな……。
青白い月が、水面に浮かんでいるのが見えていた。
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