221 / 351

 —— Moonlight scandal(45)

 だけど、月に見惚れていたのは、ほんの一瞬。  透さんの腕から抜け出して、腕を伸ばして水を掻く。  月の形を水流と泡で掻き消して、俺は勢いよく水中から顔を出した。 派手な水音を立てさせてしまったかもしれない。 「ケホッ! ケホッ!」  ヒューッと、息を吸い込んだ瞬間、我慢出来ずに、思わず咳込んでしまう。 我慢しようとすればするほど、咳が止まらなくて焦っていると、静かに水面に顔を出した透さんが、「大丈夫?」と背中を摩ってくれた。 「はぁ、はぁ……、うーっ、死ぬかと思った」  声をひそめて喋るのも、息が上がって途切れ途切れになってしまう。 「ごめんね、無理させちゃって」  透さんも少し息が上がってるけど、俺ほどじゃない。 飛び込み台の影から、そっと入口の方をうかがっている。 「もう、誰もいないみたいだよ」  透さんの言葉に、俺ば心底ホッとした。 「良かったぁー、見つからなくて」 「ちょっと、ドキドキしちゃったね」  俺は、本当に生きた心地がしなかったのに、透さんは、冗談ぽく言いながら、何か楽しそうにしてる。  でも、何でもないように笑ってるけど、透さんだって、内心はきっと俺以上に焦ってたんだと思う。 いつだって、そうやって、俺を気遣ってくれるんだ。  だけど、俺だって……。 *** 「直くん、大丈夫? 寒くない?」  今は、透さんのマンションへ帰る車の中。  透さんは運転しながら、助手席で濡れた髪をタオルで拭いている俺に、チラッと視線を向ける。 「うん、大丈夫」  あれから、プールから上がって、濡れたままでは、服を着る事も出来なくて、どうしようかと思ったんだけど、プール内にあった建物の鍵が開いていて、透さんは、中の更衣室から、置いてあったタオルを2枚持ち出してきた。  水泳部が、いつも常備している予備のタオルらしいんだけど。 「今でも、時々練習を見に来てるから、また後日返しに来たら良いんだし、大丈夫だよ」って、透さんは言ってたけど……。  学校に不法侵入した上に、泥棒みたいな真似までさせてしまって、俺が、プールで泳ぎたいと言ったばかりに、透さんに無理させているんじゃないかって、後悔していた。  それなのに、「さっきから黙り込んで、どうかした?」って、俺の心配ばかりしてる。 「ううん、何でもないよ」  さっき、透さんのお父さんに会って話をして、心に決めたばかりだったのに。  —— 俺だって、透さんを守ってあげれるように、もっと大人になりたい。  でも、やっぱり振り返ると、自分ばかり透さんの優しさに甘えてる気がしていた。

ともだちにシェアしよう!