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—— Moonlight scandal(46)
「ごめんね、透さん」
それは本当に、透さんには聞こえないような、蚊の鳴くような声で、車のエンジンの音にも、かき消されていた筈なのに。
「なんで、謝ってるの?」
透さんの耳には、しっかりと届いていた。
ハンドルを握っていた透さんの左手が俺の右手の上に置かれて、指を絡める。
「ちゃんと言ってくれないと、分からない事もあるよ?」
透さんの声は耳に優しくて、全て許される気になってしまう。 でも、ちゃんと謝らないと。
「俺が、いつも我儘言って、透さんに甘えてばかりで、迷惑ばかりかけて…… ごめん」
「え?」
ちょうど赤信号で停まった所で、透さんは少し驚いたように、俺の顔を覗き込む。
「もしかしてプールの事?」
「うん……」
でも、それだけじゃなくて……。
「プールの事なら、学校に誘ったのは俺の方だし、直くんが謝る必要なんてないよ」
透さんはそう言って、にっこり笑う。
信号が青に変わって、車が動きだし、俺の手から透さんの手が離れていく。
透さん……、あんまり俺を甘やかさないでよ。
上手く言葉に出来ない事が、もどかしくて悔しかった。
****
「直くん、お腹空いてるでしょう? 何か作っておくから、取り敢えず先にシャワーしておいで」
「え、俺も手伝うよ」
「大丈夫。 冷蔵庫にあるもので簡単に作るから。 体も冷えてるだろうし、ね」
透さんにそう言われて、大人しくバスルームに向かう俺。
こんな些細な事でも、ちょっとヘコんでしまう。
—— 何でも、俺が優先なんだから……。
それに、甘えてしまう自分が嫌だった。
蒸し暑い夏の夜だと言っても、プールの水で少し冷えた身体に、温かいシャワーをあてると、何だかホッとする。
今日一日だけで、色々あり過ぎて、ちょっと疲れたなぁ……。 なんて思いながら、シャンプーを泡立てて、髪の毛をワシャワシャと洗う。
ホテルで、テルさんとデザート食べて、透さんの婚約者に会って、それから病院に行って、お父さんに会って……。
—— プールに行って……。
月の灯りの下で、何も着けずに泳ぐ透さんは、綺麗だったな。
それから……、プールサイドで……。
濡れた髪、色白な肌が、青白い仄かな月の光に揺れていた。 濡れた髪から落ちる雫にさえ、感じてしまって……。
思い出しただけで、下半身が熱を帯びてくる。
「アホか、俺は!」
勃ち上がってきている、自分のを見て溜息を吐く。
「何、溜息吐いてるの?」
突然声をかけられて、驚いて後ろを振り向くと、透さんが浴室のドアを開けて顔を覗かせていた。
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