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—— Moonlight scandal(53)
『ちゃんと髪を乾かすんだよ』
先に洗面所から出て行った、透さんの言葉を思い出しながら、 俺は濡れた髪をタオルでガシガシと掻き混ぜる。
「やっぱり、子供扱いだし……」
ちょっとだけ本音をポツリと呟いてみたけど、それでも今は心の中は暖かさに満たされていた。
「でも…… このままでいいのかな」
今は、甘えてくれたらいいと、透さんは言うけど。
しっかりした夢を持って、それに向かって誇りを持って仕事をしている透さんは、凄く輝いて見えて。
いつも大人で、落ち着いていて、俺を包み込んでくれるけど……、俺だって甘えるだけじゃなくて、同等の立場で、透さんの隣にいたい。
でも、その為には、やっぱりこのままじゃいけない…… って、思う。
今はまだ無理でも……。
その為に…… 俺が、今しなくちゃいけない事って……。
***
リビングのドアを開けると、ほんのりとカレーの匂いが漂っている。
「あー、美味しそうな匂い~」
テルさんと、ホテルのデザートブッフェで食べたきりだったしな~、空腹に、この匂いは堪らねー!
クンクンと匂いを嗅ぎながら、キッチンでカレーを温めている透さんの隣に立って、鍋の中をのぞき込んだ。
「あー、うまそー」
言った途端、腹の虫がキュルル~と鳴って、透さんに思いっ切り笑われた。
「ちぇっ、だって腹減ってんだもん。 プールで泳いで運動もしたしさ!」
恥ずかしさを誤魔化すために、俺は食器棚から皿を取り出しながら、言い訳をする。
「そうだよね。 それにバスルームでも、運動したもんね?」
ちょうど、皿を手にして振り向いたところで、透さんにそう言われて、有り得ないくらい顔が熱くなった。
何か言い返そうとしたんだけど、一瞬口を開けたまま言葉に詰まる。
「…… っ」
透さんは、「ね?」って、首を傾げながら俺の手から、皿を受け取って、悪戯っぽく微笑んでいる。
「…… そーだよ、透さんのおかげで、激しい運動できたしね!」
負けじと冗談で返しながら、 透さんがふっくらと炊き上がったご飯をよそってくれた皿を受け取って、鍋の中のカレーをぐるっと一度だけレードルでかき混ぜながら掬い、ご飯の上にかけようとしたところで、俺は漸く気が付いた。
「あれ? このカレー、もしかして……」
この見覚えのある大雑把な野菜の切り方は、どう考えても、透さんの作ったものじゃない。
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