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—— Moonlight scandal(54)
「…… 気が付いた?」
楽しそうにそう言って、俺の隣で透さんも一緒になってカレー鍋を覗き込む。 そしてちらりと俺に視線を向けてにっこりと微笑んだ。
「これ…… 俺がこないだ作ったカレーだ」
平日の夜、透さんの帰りを待ちながら作ったカレー。
一緒に食べる筈だったんだけど、 あの日突然、透さんのお母さんと、婚約者の人が来て……。
カレーの事、俺はすっかり忘れてしまってたのに……。
「今度、直くんが来た時に、一緒に食べようと思って、冷凍しておいたんだよ」
あの日透さんは、お母さんと婚約者と三人で、食事に行って、そのまま実家に連れて行かれたって言ってた。
翌朝、俺に電話をくれた時、声が掠れてて、酷く疲れた様子だった。
きっと……、あのお母さんと口論になったりしたと思うし、あんまり眠る時間もなかったかもしれない。
なのに……。
あの時俺は、ガキみたいに拗ねて、殆ど一方的に電話を切ってしまったんだ。
なのに、そんな大変だった時にも、透さんは俺のこともちゃんと考えてくれてたんだ…… って思うと……。
なんか……、些細な事かもしれないけど、透さんのそんな優しさにちょっと感動したんだ。
「…… 直くん?」
透さんが慌てた様子で、俺の目尻を指先で拭ってくれる。
なんだか嬉しくて、目頭が熱くなって、勝手に涙が出てしまっていた。
「どうしたの?」
透さんはそんな俺を心配して、顔を覗き込んでる。
「透さん、俺さ‥…」
なんか、胸の中がポカポカと暖かい。
「…… 俺、もっと透さんのこと大事にして、もっと幸せにしてあげるからね」
大した事なんて、何も出来ないけど、 でも……。
今の俺に出来る事を、自然にしていればいいんだ…って思ったんだ。
どんな小さな事でもいい。 目の前の愛しい人を、今の俺が出来る事で、幸せな気持ちにさせてあげる事が出来れば。
透さんが、毎日嬉しいとか、楽しいとか、思ってくれたら、それだけで、きっと俺も幸せなんだ。
「直くん?…… 俺は今でも直くんに沢山大事にしてもらってるし、いっぱい幸せを貰ってるよ?」
「これからも、もっといっぱいあげるからね」
いつも相手を思いやる事って、簡単な事のようで、実は結構難しいのかもしれない。
でも、その小さな幸せを、毎日コツコツ育んでいくのが、今の俺に出来る事だと思う。
顔を見合わせて、微笑み合って。
二人して、カレーライスの皿を持ったまま、何度も啄むようにキスをした。
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