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—— 幸せのいろどり(2)
いつの頃からだったのか、このカフェレストランのケーキが美味しいからと、静香の希望でこの店で待ち合わせることが多くなった。
もう、それも今日が最後。
静香は、もうすぐ結婚するから。
これからは、兄の俺がいなくても、静香を愛してくれる人がずっと傍にいるから。
少し寂しくて、とても嬉しくて…… そして少し心配で。
「中で待ってたらよかったのに、寒かったでしょ?」
俺の傍に駆け寄った静香は、少し俯いて息を整えながら、そう言った。
肩からスルリと滑り落ちた長い黒髪を指で掬って耳にかける仕草は、小さい頃から変わらなくて、懐かしい風景が胸を過ぎる。
「大丈夫だよ、そんなに待っていないから」
娘を嫁に出す父親の気持ちって、こんな感じなんだろうか。
そんな事を、ふと考えた自分に、自嘲の笑みが浮かぶ。
***
「ここのケーキも、暫く食べれなくなるね」
「そうなの。 だから、どれにしようか迷ってるのよ」
席に座ると直ぐにメニューを開いた静香は、どのケーキにするか真剣に悩んでいる。 ケーキ以外の物を食べる気は、全く無いらしい。
「メニューとにらめっこしている表情は昔から変わらないね」
「それ、どういう意味? 子供っぽいってことかしら?」
メニュー越しに睨み付けてくる静香に、「ゆっくり選んでいいよ」とだけ言って、俺は店内に視線を巡らせる。
—— 彼は……、また柱の影に立っている。
注文を取りにくるタイミングを見計らっているんだろうか、何となく、此方を見ているように思えた。
でも、視線が合うことはなく、フロアマネージャーに何か言われて、慌てている。
その様子を見ているだけで、自分の口元が緩んでしまっているのに、気が付いていなかった。
「お兄ちゃん、あの子のこと、また見てる」
そう言われて、静香の方に視線を戻すと、クスクスと小さく笑いながら、俺の瞳を覗きこんでくる。
「いつも、あの子のこと見てるよね? そんなに気になるの?」
「別に、気になってるわけじゃ……。 俺、そんなにいつも彼のことを見てるかな」
妹に少なからずとも、図星を突かれて、なんとなくバツが悪い。
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