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 ―― 幸せのいろどり(17)

 直くんはきっと、『今』だけを望む。 男同士で『これからもずっと』は、選択肢には入らないのだから。  俺にとっても、それ以上の関係は先が見えない。 愛おしいと思う気持ちが変わらない保障もない。 大切に思えば思うほど、壊してしまいそうで怖かった。  想いの行き場は見つからずに、やがて東の空が白み始めて、朝が訪れても眠ることも出来ずにいる。 本当はもう自分の中で答えは出ている筈なのに。  眠っている直くんの前髪を流すように指で梳いて、額に唇を寄せた。  このまま直くんの体温を感じながら、眠りたいけれど……。 煮え切らない気持ちを抱えたまま、寝室を出てキッチンに向かう。  コーヒーを淹れながら、今日の予定を考える。 一睡もしていないのに不思議と頭は、はっきりとしていた。  昨日、残っていた仕事は片付けたから、急いで出社する必要もないのだけれど……。  熱いコーヒーを、ひとくち飲んだだけで立ち上がり、冷蔵庫を開けて適当に材料を見繕って、キッチンのワークトップの上に並べていく。  ―― 起きてきたら、これくらいなら、食べるだろう。 そう思いながら、直くんのためにサンドイッチを作っておく。  着替えるためにもう一度寝室に入ると、さっきまで仰向けで寝ていた直くんが、うつ伏せになって、気持ち良さそうに寝息を立てている。 かけていた筈の布団を足で蹴って反転したのか、脚の間に布団が絡まっていた。 「寝相、悪いんだな」  ひとりごちながら、ふっと、堪えきれない笑い声を漏らしてしまった。  脚に絡まった布団は取れないから、毛布を1枚、背中に掛けて、うつ伏せで寝ている直くんの項にキスをした。 「おやすみ、直くん」  小声でそれだけ言ってから、ウォークインクローゼットの中でスーツに着替えてリビングに戻った。  電話の横のメモホルダーから紙とペンを取り、ありきたりのメッセージを残す。 『おはよう。 今日仕事なので出かけます。 サンドイッチ作ったので、良かったら食べてね。 飲み物は、適当になんでも飲んでいいから。 鍵は、ドア横のポストに入れておいてください』  それだけ書いて、少し考えて……、自分の携帯の番号を一番下に付け足した。  ―― やっぱり俺は……、ずるい。  自分では、どうしても引き際を決められずに、直くんに決断を委ねた。

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