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—— 幸せのいろどり(19)
『出るの速いな、透』
だけど聞こえてきたのは、久しぶりに聞く、父親の声だった。
—— 何を期待しているんだ俺は……。
まるで好きな人に告白して、その返事を待ち焦がれて、かかってきた電話に飛びつく子供のような自分の行動にあきれて溜め息を吐く。
「…… 何か、用ですか」
今、俺が勤めている会社は、父の経営する会社ではなく、ゆくゆくは業務提携をする予定になっている相手の会社だから、実家にも寄り付かない俺は、父と話すのは、ほぼ1年ぶりくらいだった。
『相変わらず、つれないね』
「すみません、急いでいますので」
昔から折り合いの悪い父と、ゆっくり話す気にもなれずに、素っ気無い受け応えしかできなかった。 —— 今は、特に。
『じゃあ、用件だけ言う。 大晦日は、帰ってこれるだろうね?』
「大晦日ですか。 何かあるんですか?」
『そっちの社長からは連絡なかったか? 美絵さんと、こちらに来るので、食事をする事になっているんだが』
そっちの社長というのは、俺が勤めている会社の社長で、美絵さんはその娘で、俺の婚約者。
親同士が勝手に決めた話だったけれど、俺はその人と結婚する事を甘んじて受け入れている。 今まで、それでいいと思っていた。 結婚なんて、形だけのものだから。
美絵さんとは、今までに何度か会ったことはある。 見た目は、清楚なお嬢様という感じだった。 向こうも、会社の為の結婚だと言うのは、納得した上でのことだし、お互い何の疑問も持たずに、このまま結婚すると思っていた。
—— だけど……。
「俺も、行かないと駄目ですか?」
『当たり前だろう?』
だけど、ここのところ自分の中で何かが変化しているのを感じずにはいられなかった。
「…… 分かりました」
それでも、それがどういう変化なのか、この時はまだ、はっきりとは分かっていなかった。
父との通話を切り、車に乗り込む。
フロントガラスから見上げれば、どんよりとした冬の夜空には星ひとつ見えない。
—— いつからだろう。
昔はこんな俺でも、夢を見ていた時期もあった気がするのに。 いつの間にか、見えなくなっていた世界。
直くんに惹かれたのは、彼の周りが明るかったからかもしれない。 俺の周りには無い、色が見えた気がしていた。
もう直くんは、とっくに帰っただろう、自分のマンションの玄関の鍵を開け、ドア横のポストを確認する。
そこに、部屋の鍵があるのを見つけて、少しだけ見えかけていた色が、完全に消えてしまった気がして、どうしようもなく込み上げてくるやるせない想い。
自分で、直くんに決断を委ねたのに、もう一度だけでいいから逢いたいなんて、また未練がましいことを思っていた。
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