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—— 幸せのいろどり(31)
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—— 気が重い……。
久しぶりに帰った実家のダイニングに並ぶ豪華なコース料理。
ケータリングのシェフが、すぐそこで実演料理をしている。
でも、俺は早くこの空間から逃れたくて、料理の味なんて分からない。
「いやー、でもこうやって両家が揃って食事をするのも久しぶりですね」
そう言って、笑うのは、俺が勤めている会社の坂上社長。 そしてその横には、親同士が決めた許婚の美絵さんと、社長夫人。
「本当ですわね。 でも、これからは、色々とお会いする機会も多くなりそうですわ」
俺の父親の後妻で、…… 継母の美智代が、高らかに笑う。
父は、何も言わずに、ただ口元に笑みを浮かべてるだけで、いつも場を取り仕切るのは、継母だった。
「来年度はいよいよ、業務提携の話も進むことだし、そろそろ透くんも大阪本社の方に来てもらわないとな」
「そうですわね。 では、正式に婚約は年が明けたら直ぐって事になりますわね」
「そうすると、結婚式は6月辺りにしてしまってはどうだろう」
黙っていると、どんどん話が進んでいく。
「あの…… 結婚はまだ先でも……」
「あら、透さん、早すぎることなんてありませんわよ。 美絵さんをあまりお待たせしては申し訳ないですし。」
いつもそうだ。 俺の主張なんて、すぐにこの人に掻き消されて、何も言えなくなってしまう。
「まあまあ、取りあえず、春の移動で透くんには大阪に来てもらう事になるだろうから、そのつもりでいてくれるかね、透くん」
俺はこの仕事は好きだった。
父の会社がもっと規模が小さかった時の話だけど。
施主様の希望を訊いて、プランを立てて設計をして、できる限りの要望に応えて、家を造り上げて、喜んでもらえた時の笑顔が見たくて、この職業を選んだ。
だけど……。 段々と大きくなる会社の中で、家の設計もパターン化されて、量産されていく。
そこに住む人の為の家を造るというのではなくて、ただ商品を売る事が最優先される。
それは、そういうものなんだと理解はしているけれど、心のどこかで燻っているのは反抗心のようなものだろうか。
父の会社を継ぐ為に、建築士や、その他の資格を取ったわけではない…… と。
なのに…… 気が付けば、自分の周りの環境に流されている。
本当は、もっと違う何かを…… やりたい事があったような気がするのに、俺はその環境を受け入れてしまっていた。
その事に、あまり疑問も抱かなかったのは、無意識に色んなことを諦めていたのかもしれない。
—— 恋も、結婚も、仕事も。
だから、親が決めた許婚の事も、今まではあまり深く考えていなかった。
「美絵さん、今夜は年が明けたら、透さんと二人で初詣にでも行ってきたらどうかしら」
考え込んでいると、継母が、美絵さんに話しかけている内容が聞こえてきて、我に返った。
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