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—— 幸せのいろどり(32)
「え、でも……。 まだ時間も早いですし…… 私はホテルに帰ろうと思います」
美絵さんの言葉を訊いて、内心ホッと胸を撫で下ろした。
「あら、そうなの? そうね、また明日もありますしね。 じゃあ透さん、ホテルまで送ってあげてくださいね」
—— え?
それは、美絵さんだけをホテルまで送れと言ってるらしくて。 継母は、どうしても俺と美絵さんを、二人きりにしたいようだった。
「…… でも社長達はどうされるんですか?」
できる事なら、今、二人きりになるのは避けたい…… なんて考えてしまう。 社長夫妻も一緒にならと思い、そう言ってみるも、話の流れを変えることは難しかった。
「ああ、私達はまだ、篠崎社長ともう少し飲みたいのでね。 美絵はどうも酒が呑めなくて。 疲れてるようだし、送ってやってくれるかな」
「でも、私もワインをいただいてしまいましたし、車の運転は……」
酔ってるわけではないけれど、一応アルコールを飲んでしまっているし、それでもまさか送れとは言わないだろう。 と、思ったのに、そこで継母が口を挟んでくる。
「あら、じゃあ今、車を呼びますわね。 透さん、ちゃんと送ってあげてくださいね。 慣れない所で独りでは可哀想ですから」
確かにその通りで、継母の言葉に俺は、「…… はい」と、応えるしかなかった。
—— ホテルまで送り届けるだけだ。 この場所から逃れて外に行けるだけでも、ありがたい。 それにそのまま、自分のマンションに帰れば良いし。
仕方なく愛想笑いを浮かべながら、そう考えていた。
***
「じゃあ、俺はここで失礼します」
「—— 透さん、お部屋まで送っていただけないんですか?」
ホテルの前で、乗ってきたタクシーでそのまま帰ろうとしている俺に、美絵さんは、か細い声でそう言って、不安そうな瞳で俺を見上げてくる。
「…… え、でも……」
「お願いです。 お部屋の前までで構いませんので……」
「……」
慣れない場所が不安なのか、少しは酔いが回っているからなのか、本当に、頼りなげに立っている美絵さんを、そのままにして帰るのは、可哀相な気がして……。
「分かりました。 じゃあ、部屋の前まで一緒に行きましょう」
「ありがとうございます。 我がまま言って、ごめんなさい」
本当に申し訳なさそうに謝る美絵さんに、「大丈夫ですよ、じゃ、行きましょうか」と笑いかけて、ゆっくりと歩き出した。
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