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 ―― 幸せのいろどり(50)

 ただの見間違い……。  ただの人違い……。  きっとそうだ。 と、思いたかった。  だから、俺は横断歩道をゆっくりと、渡っていく。  向こうの歩道で、激しいキスをしている、男同士のカップルから視線を外さずに……。  違う……。  絶対に違う。  心の中で、そう何度も繰り返して、絶対そんな筈はないって思っているのに。  ゆっくりと少しずつ、距離が縮まっていく。  流れていく人波に紛れて、見え隠れする二人。  でも、不思議とそこだけ切り取られたようにはっきりと俺の目に映っていた。  明るめの茶色の細い髪が、ふわふわと風に吹かれて、冬の日差しに透けている。  見覚えのある、グレーのハーフ丈のダッフル。  キスをしながら相手の男が手を上げて、タクシーが二人の前に停まる。  やっと身体が僅かに離れて、二人がタクシーの停まっている車道の方を向いたから…… 顔がはっきりと見えた。  …… 違う……。  今、キスしていたように見えたのは、俺の見間違いだと言ってくれ。  ―― 直くん!  直くんが、先にタクシーに乗り込んで、後からもう一人の男が直くんの隣に座った。  フロントガラスから見える、二人の影。   直くんは、前を向いているんだろうか。  俺に気付いているんだろうか。  俺は、横断歩道を渡り終え、タクシーの方へ向かって歩道を歩いていく。  信号が変わり、タクシーがゆっくりと動き出して、歩道を歩く俺とすれ違う。  それはまるで、スローモーションのように思える。  後部座席の窓から此方を見る瞳と、一瞬、目が合った……。 ―― 気がした。  タクシーが、そのまま街に消えていってしまうのを、俺はただ見送っているだけで。  周りの光が消えて、色の無い世界に置いて行かれてしまったように、ただ、そこに立ち尽くす事しかできないでいた。  すぐそこのアーケードの先に、ホテル街がある。  二人が、そこから出てきたかどうかは、見ていないけど……。  ―― 直くんと一緒にいた男……。  見間違いでなければ、あの人は…… 俺のよく知っている人だ。  背中を冷たい汗が伝う。  全身の震えが止まらなくて、側の街路樹へ寄りかかった。  さっきの二人の姿と、遠い昔の苦い思い出が蘇って、胸が酷く苦しい。

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