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 —— 幸せのいろどり(51)

 どうやって電車に乗ったのか、気が付いたら会社に戻っていた。  頭の中で、さっき見た光景が何度も何度も繰り返し浮かんでくる。  それをふり払おうと、午後からは他の事は考えないようにして、仕事に集中していた。  誰もいないオフィスで、自分が打つキーボードの音も、書類を扱う紙の音すら聞こえないほど。  だけど、デスクの上を片付けて時間を確認すると、途端に思い出されるあの光景。  エレベーター横に設置されている自販機で、熱いコーヒーを買って側のソファーに腰を降ろし、口を付けずに両手で包み込むように持ったコーヒーの入った紙コップをただ見つめていた。  冷たい手のひらが、コーヒーの温度に温められて、やっと息をつく。  昨夜、サークルの飲み会だと言っていた直くんが、何故、あの人と一緒にいたのか。  何か…… 理由があるのかもしれない。  冷静になって考えれば、あの時見た光景だけで、何もかも決め付けるのは早すぎる。  直くんに訊けば、ちゃんと応えてくれるかもしれない。  飲み会で潰れてしまったという、直くんからのメールは本当の話で、何かの事情で、あの人と居合わせただけで……。   あの後、まっすぐ直くんの家まで、送ってもらっただけかもしれない。  あの人と、何か深い関係になってしまったなんて、きっと俺の、単なる思い過ごしで、二日酔いで今日はそのまま部屋で休んでいるかもしれない。  夕飯は、食べれるだろうか。  何か食べれそうなものを買って、様子を見に行ってみようか。  きっと、顔を見たら安心できる。  —— そうだ……、俺の思い過ごしかもしれない……。  何故、直くんがあの人と知り合いなのかは分からないけれど。  あんな場所で、キスをしていたのも……、もしかしたら、直くんの意思ではなかったのかもしれない。    考えられない事ではない。  相手は、あの人なのだから。  —— 桜川光樹……。  退屈なパーティの時間の過ごし方を、俺に教えてくれた人。  俺の、高校の時の先輩で。  そして……  —— 俺が初めて、肌を合わせた相手……。

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