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 —— 幸せのいろどり(52)

 光樹先輩と初めて出会ったのは中学の時。  同じ中高一貫校の、俺はその時中等部で、彼は高等部だった。  緩くウエーブした長めの髪、切れ長の目が印象的で身長も高くて目立つ存在だから、中等部と高等部では敷地が違うけど、顔と名前だけは知っていた。 『暇だね? 外出ない?』  偶然、いつもの継母の趣味のパーティに、親に連れられて来ていた彼が、暇をもてあましていた俺に声をかけてくれた。  その頃の俺は人見知りで、初対面の人と上手く話をする自信がなかったのに、彼は、違っていた。  テンポの良い会話に惹き込まれ、その上聞き上手な彼に、俺は普段なら絶対他人に話さないことまで口に出していた。  それから2度ほど、パーティで顔を合わせて話をしているうちに、いつの間にか彼のことを、仲の良い友達というよりは、どこか兄のように思う存在になっていた。 今まで、悩みや相談を親身になって訊いてくれる人は周りにいなかったので、俺は本当に彼のことを慕っていた。 『高等部に入ったら、水泳部に入りなよ。 絶対楽しいから』  楽しそうな話に興味が湧いて、入部した水泳部。  あれは、1年のもうすぐ夏休みという時期だった。 『おつかれ、透』  シャワー室の掃除当番だった俺が一番最後に部室に戻ると、 他の部員が帰ってしまった部室に一人、光樹先輩がいた。 『透のこと、待ってたんだよ』  ジャージから制服に着替えようとしている俺の後ろに立った光樹先輩を肩越しに振り向くと、彼はいつもの優しい微笑みを浮かべていた。 『透、彼女ができたって、本当?』  唐突に訊かれて言葉に詰まってしまったけれど、それは、本当のことだった。  同級生の女の子に告白されて、なんとなく付き合い始めて、まだ間がない頃だった。  ただ一緒に図書室で勉強したり、一緒に帰ったりするだけの。 『…… ふーん、それで? もうキスくらいしたの?』  そう訊かれて、俺は耳まで熱くなった。 『まだ、してないんだ?』  黙り込んでしまった俺に、光樹先輩が続けた言葉は、冗談にしか思えなかった。 『—— じゃあ、練習してみる? 俺と』 『…… 何、言ってるんですか』  光樹先輩が、悪い冗談を言うのはいつもの事で、俺は軽く受け流した。 『冗談言ってるんじゃないぞ! 透はキスしたことないんでしょ? 練習しとかないと恥かくぞ!』 『そんなこと、練習することじゃないでしょう? 僕は、そんな練習しませんよ』 『—— 俺……』 『え?』 『僕じゃなくて、俺って言えっていつも言ってるだろ?』 『……』  光樹先輩に言われて、口ごもってしまった。 別に、『僕』でも『俺』でも構わないと思うけれど、前にそう約束していたのも事実で。 『ほら、いいからちょっとだけ、してみろって』  口ごもった俺の目の前に、唇を突き出すようにして光樹先輩が、顔を近づけた。  光樹先輩の、ふっくらとした形の柔らかそうな唇に、つい目が惹き付けられてしまって。 唇って、どんな感触なんだろう。 キスってどんな感じなんだろうって、ちょっとだけそんな事を考えてしまった。 『ほら、透。 大丈夫だって。 男同士はノーカウントってことにすれば良いから』  光樹先輩に催促されて、俺は思わず、ギュっと目を瞑ってしまった。

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