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 —— 幸せのいろどり(57)

 急に避けられている気がして…… 寂しかったんだ。 だから理由が訊きたかった。 『—— 光樹先輩!』  卒業式の後、校庭で卒業生達がそれぞれに写真を撮ったりして賑わっている中、一人校門から出て行くその背中を見つけて追いかけた。  振り向いた光樹先輩の瞳は優しくて、いつもと変わらないのに……。 『透……、元気でな、バイバイ』  俺の頭の上に手を置いて、そう言った。  —— バイバイ……。  それは、「また明日」みたいに、次の約束をする言葉には聞こえなかった。 『—— あのっ、またマンションに遊びに行っても、いいですか?』  何故そんなことを訊いたのか、自分でも自分の気持ちが分からなかった。 『もうすぐ引っ越すから、あのマンションには、俺、いないよ』 『じゃ、じゃあ、……』  引越し先はどこ? と、訊こうとする俺の言葉を遮るように、光樹先輩は言った。 『課外授業は、終わりだよ』  俺を見つめる眼差しは優しいのに、その言葉は、俺の胸に冷たく響く。  —— 分かってた。 愛してるなんて嘘だって、分かってた。 あれは、ただの課外授業だって、最初から言ってたんだから。 なのに胸の奥だけは、何故か鋭い痛みを感じた。 『透は、俺のこと、好きなの?』 『—— 好き……、』  好きだよ……。 光樹先輩のこと、本当の兄のように思っていた。 『—— 透』  光樹先輩は、少し屈んで俺に目線を合わせた。 『お前は、本気で人を好きにならない…… でしょ』  言ってる意味が分からずに、ただ光樹先輩の切れ長の目に映る、自分を見ていた。 『そうだな…… 透が、いつか本気で誰かに恋をした時は……』  光樹先輩が目を細めて、いつものように俺の髪をぐしゃぐしゃと掻きまわす。 『—— 俺が全力で、応援してあげるからね』  —— じゃあね。  最後にそう言って、俺に背中を向けたまま手を振って、歩き出した。  小さくなっていく光樹先輩の後姿を、俺はその場所で立ち尽くしたまま、呆然と見送ることしか出来ずにいた。  ***  光樹先輩を見たのは、それが最後で……。  ――『お前は、本気で人を好きにならない…… でしょ』  光樹先輩がなんでそんな事を言ったのかは、未だに全然分からなくて。  ただ…… 分かっているのは……、  やっぱりあの時に、光樹先輩が何度も囁いた言葉は、全部嘘で。 ただ『課外授業』という、遊びの中での台詞にすぎなかった。  分かっていたことだから、傷ついたとか、悲しかったとか、そんな感情はなくて、心は酷く冷めていたように思う。  ただ少し……、兄のように慕っていたから、そう…… ただ少しだけ、逢えなくなるのが寂しかっただけ。  —— 俺が全力で、応援してあげるからね。 「…… 反対に、邪魔してるし」  直くんのマンションに行く途中にあるスーパーで、食欲がなくても食べれそうな物を探しながら、ポツリとそう呟いていた。  光樹先輩は、いつも、どこからどこまでが、本気なのか分からない。  俺は、それに振り回されていただけ。  きっと、直くんも……。  なんとなく店内を歩いていて、青果コーナーで色が綺麗で艶々と光っている大ぶりの苺が目に留まった。  イブの日、苺ののったケーキを頬張る直くんの顔を思い出して、自然に頬が緩む。  苺なら、食欲がなくても食べれるだろう。  お腹が空いてそうなら、また買いに行けばいいし、外で食べれそうなら外食でも……。  そんなことを考えながら、取り敢えず、苺だけ買って、直くんのマンションへと車を走らせた。

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