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 ―― 幸せのいろどり(63)

 直くんの身体をまた反転させて、シンクの縁に手を付かせる。 「…… 透さん……ッ」  君を傷つけずに諦めることができるのなら、どんなにいいか。  激しく湧き起こる激情に思考は支配され、流される。  直くんのジーンズと下着を一気に下までずり下ろし剥ぎ取るように脱がせて、俺も自分のベルトに手をかけ、スラックスの前を寛げた。  静かな部屋に、ベルトの金属音とファスナーを下げる音がやけに大きく響く。  背後から細い腰を掴んで引き寄せれば、直くんは、何か覚悟を決めたようにシンクの縁をぎゅっと握り締めた。  直くんの気持ちを思いやる余裕なんてどこにもなくて。 目の前の滑らかで瑞々しい肌を俺の欲で汚したい、直くんの中を俺で埋め尽くして、あの人のことなんて全部忘れさせたい。 ―― ただそれだけだった。 「…… あ、ッ…… あ!」  殆ど解すこともせずに、双丘を割り開き、醜い男の欲望をゆっくりとねじ込んでいく。  直くんは背中を反らせながら、一瞬大きく身体を震わせた後、息を吐きながら俺を迎え入れた。  その中の熱いうねりに絡み取られる感触に、俺は目を閉じて吐息を漏らした。  後ろから直くんの華奢な腰に腕を回して抱きしめて距離が無くなると、お互いの心臓の音が共鳴するように響く。  俺の気持ちも、心臓の音と共に伝わればいいのに。  ゆっくりと腰を動かすと、直くんの中は、それに合わせて蠢くように絡み付いて締め付ける。  ―― 気持ちなんて、伝わるはずもない。 快楽だけを求め合う関係なのだから。  淡い期待など持ってはいけないと、振り切るように俺は動きを速めていった。 「ん、あぁぁ……ッ」  快感に背中を撓らせて、直くんは愉悦の声を上げる。  そうだよ直くん。 もっと、俺で感じればいい。 何もかも忘れて快楽だけを貪ればいい。  肌がぶつかる音と、二人の吐く荒い息と、直くんの喘ぎ声が、だんだん大きくなっていった。 「あ……、あッ、後ろ……、ヤッ…… だ、前からが、イイッ」  後ろから激しく打ち付ける俺に、直くんは喘ぎながら必死に前からがいいと訴えてくる。 「どうして?」 「顔、みえ…… な…… ッから……ッ」  顔…… ? 俺のどんな顔を見たいと言うのか。  嫉妬をしているこの醜い顔を見たいと?  それとも……。 「…… 何か…… 勘違いしていない? 直くん」 「え? …… あ…… ッ」  俺は、打ち付ける速度を更に上げて、嫉妬に汚れた言葉を吐く。 「…… 俺は……、あの人じゃ、ない……」

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