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 ―― 幸せのいろどり(64)

 君を抱いているのは、俺なんだ。 あの人じゃない。  そんなことは直くんだって分かってることは、知っている。  だけど、口をついて、出てきてしまう。 心にもない言葉が。 「っ……、ちっ…… ちが、うッ」  直くんが、身を捩って振り向こうとするのを阻止するように、俺は紅い痕の残る直くんの項に顔を埋めた。―― 直くんに、俺の顔を見させないために。 「と、おるッさ…… ぁ、ぁッ、」  直くんの片脚の膝裏を掬い上げ、もっと深い処を突き上げる。 「何が、…… 違うっ? ……、」 「―― あッ……、ぁ……ッ、あ…… ッ―― ぁッ」  突き上げる度に、直くんの唇から荒い息と共に吐き出す喘ぎ声が一層高くなっていく。  シンクに付いた腕を伸ばし背中を反らせてグラッと崩れそうになった直くんの胸に、片方の腕を回して抱きしめた。 「あ、の人は、そ、んなんじゃぁッ、ないッ」  その言葉に、胸に回した手に偶然ふれた硬い尖りを、思わずキツく摘み上げてしまった。 「あ、…… ぁあッ」  ―― そんなんじゃない……。  それは、あの人だけでなく、俺のことも……、 「好きな人じゃ……っ、ない、って、こと?」  俺の問いに、直くんは何度も無言で頷いた。  胸の奥から苦しくて熱い感情が、また込み上げてくるのを感じて、俺は律動を速めて、直くんを追い詰めるように突き上げた。 「あ、も…… っ、イクっ、イ、ッく、ん……!」  直くんの中が熱くうねって、締め付けてくる力が強くなって、お互いの限界が近い。 「―― くッ……」  一瞬、直くんの身体が強張って、キッチンのキャビネットに飛び散る白濁。  同時に、ひくひくと収縮して絡みついてくる直くんの最奥へ、俺も吐き出していた。――熱い欲と、嫉妬と…… 哀しみを。  お互いの荒い息遣いが周りに満ちて、空気の温度を上げていた。  肩を上下させて、シンクに凭れている直くんの背中に体重をかけて、お互いが傷つく言葉だと分かっていて耳元に囁きかける。 「…… そう……、相手は、誰でも……、いいって…… 事だね……」  ほら……、直くんが酷く傷ついた顔をして、身を捩り振り向いて俺の醜い顔を見る。 「…… なッ? …… ン、っ……」  振り向いたことで、お互いの間に隙間ができて、半身が温かい体内からズルリと外に抜け出て、代わりに冷たい空気が纏わりついた。  直くんの内股を、俺の嫉妬にまみれた欲液が伝い落ちていく。 「気持ちが良ければ、それでいいんだよね?」 「…… !」  これ以上、言ってはいけないと、心の底でもう一人の自分が叫んでいるのに、それを聞こえない振りをして、どんどんお互いを追い詰めていく。 「別に悪い事じゃないよ」  自分の衣服を整えながら、呟くように言ってしまった。  冷めた声は、わざとなのか、それとも本心なのか。 自分の口から出てくる言葉なのに、どこか…… 俺の代わりに他人が喋っているような、遠い感覚がしていた。

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