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 ―― 幸せのいろどり(67)

「俺のこと、直くんから訊いていたんですか?」  いくら俺が、直くんのマンションの前にいたからといって、何も知らない光樹先輩が、俺と直くんとの関係に気付くはずはなかった。  光樹先輩は「――まあねー」と、とぼけるように言った後、「透、ちゃんと『俺』って言ってるじゃん」と、嬉しそうに笑った。 「別に、あなたと約束したからってわけじゃありません……」  そんな昔の話をこの人が憶えているなんて意外だなと思いながら、光樹先輩の唇に咥えた煙草が吸う度にじゅっと音を立てて先端の火が暗い車内で一瞬明るく灯るのを、視界の片隅でぼんやりと眺めていた。 ―― だけど、今訊きたいのはそんな昔話ではなくて……。 「…… 直くん……、俺のことを何て言ってたんです?」 「さぁー? 何て言ってたかなー」  光樹先輩はそう言って、口元に笑みを浮かべながらアッシュトレーを引き出し、煙草を指先で弾いて灰を落とす。 「ああ……、そう言えば……『透さんは彼氏じゃない』って言ってたっけな」  ―― 彼氏じゃない。  その言葉は、俺の胸の奥に突き刺さる。 …… 確かに、言う通りなのに。 「でもまさか、直の言う『透さん』ってのが、透だとは思わなかったから、びっくりした」  光樹先輩は、短くなった煙草をアッシュトレーに押し付けて火を消しながら、くっくっと笑う。 「まさか、透が今も、男を相手にしてるなんてね」  言われて顔が熱くなる。 別に、あれから男しか駄目になったというわけでは、なかった。  光樹先輩が、俺の前からいなくなってしまった後、何人か恋人と呼べる人はいたけれど、それは全員女性だったから。 「もしかして、俺とのセックスがよかったから、忘れられなかった?」 「…… っ、そんなんじゃ…… っ」  慌てて否定する俺の顎を、光樹先輩の指が捕らえた。 「何なら、もう一回試してみる?」  そう言いながら、また距離を縮めてくる。 俺は顎を掴んでいた光樹先輩の手を、あわてて払い退けて睨みつけた。 「―― 冗談は、やめてください」  感情を隠しきれない俺に対して、光樹先輩は余裕の表情で笑っている。 「ふふっ、まあ、今は透が直を抱く側みたいだし?」  訊きたいことは、山ほどあった。  直くんと、いつ何処で知り合ったのか。  直くんのことを、どう思っているのか。  ―― 何回、直くんの身体を抱いたのか……。  それは、知りたいけれど、知りたくないことばかり。  俺がそうやって考えを巡らせていることなんて、知りもせず、光樹先輩が言葉を続ける。 「分かるよ。 直は、そこらの女の子より可愛いもんね」  そう言いながら、光樹先輩は2本目の煙草に火を点けた。 「肌なんか、すべすべでさ、吸い付いてくるような感触が堪んないよね」 「……っ」  身体の奥底から、怒りがふつふつと沸いてくるのを感じる。 それ以上訊きたくないのに、光樹先輩の言葉は、容赦なく次々と俺の心を抉った。 「ちょっと触れただけで、熱く色づいてく肌に、そそられちゃったよ」 「…… やめてください」  言葉を遮ろうと、発した声は小さすぎて、光樹先輩は訊きたくもない話を喋り続けた。 「中に挿れたらさー、めちゃ狭くて、それでいてトロトロでさ、しかも締め付け具合が気持ちいいんだよねー」 「…… やめ…… っ」 「俺、もう止まんなくなっちゃって、何度も何度も直の中を……」 「―― やめろっ!」  気が付いたら、今まで出したことのないような大きな声で怒鳴っていた。

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