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 ―― 幸せのいろどり(68)

 自分で自分の出した声の大きさに、驚いていた。  車内に重い沈黙が流れて、光樹先輩も目を丸くしている。 「…… はっ、驚いたな。 透が本気で怒るとこは、初めて見たかも」  と、先に口を開いたのは、光樹先輩の方だった。  煙草を深呼吸をするように吸い込んで、一気に吐き出すと、アッシュトレーに揉み消して、俺の方に向き直る。 「…… ってことは……」  何かを考えるように宙を見つめ、また俺に視線を合わせて、口角を上げて微笑んだ。 「透は……、直のことを本気なんだ?」 「―― 俺は……、」  じっと見つめる切れ長な瞳に、何もかも見透かされているようで、うろたえてしまう。  光樹先輩との関係を、赦せない気持ちもあるけれど、それでも直くんを手放したくはないと思っている。  さっき、もう逢わないと言われたばかりだけれど、未練がましく、もう一度逢いたいと思っている。  それは、直くんのことを好きだから……、自分ではどうしようもなく、コントロールできない気持ちだ。 でもそれを、目の前の光樹先輩に、素直に言えずにいた。 俺の中にある、薄っぺらいプライドが邪魔をする。 「ふーん、ま、透が直のことを、どう思っていようが、俺は直のことを本気で愛してるけどね」 「―― え?」  光樹先輩のそんな言葉は、いつもふざけていて、どこからどこまでが本気なのか、分からない。  だから、今言った言葉も、真剣に受け止めるなんて、馬鹿げている。  俺は、絞り出すように、やっとの思いで声を出した。 「…… 嘘…… でしょう?」  だけど……、俺を見つめる真剣な眼差しは、嘘ではないと語っていた。 「やだなー、嘘じゃないよ。 ふざけてる訳でもないからね」  自分の心臓の音が、やけに煩く耳に届いている。 「なあ、透は直のことを本気だとしたら……、将来のことも考えてんの?」 「…… 将来?」 「そう、今だけを楽しんでいるんだとしたら、それはただの遊びで、本気じゃないでしょ?」  さっきから煩く鳴っていた心臓の音が、急に止まった気がした。  …… 息が詰まる。 「俺は本気だよ。 今日、直にプロポーズしたし」  ―― プロポーズ?!  光樹先輩の顔を、まともに見ることが出来ずに、俺は目を逸らした。 「…… 直くんは……、なんて?」 「まあ、まだ返事待ちだけどね。 …… でも俺、自信あるよ」  ―― 将来なんて…… 男同士で、未来なんてある筈がないじゃないか。 「…… 直くんは、まだ18歳ですよ?」 「そんなの、知ってるよ」 「知ってて、よく言えますね。 …… 直くんの幸せを思えば、一生傍に居るなんて、考えられないんじゃないですか?」 「関係ないね。 幸せかどうかは、直が決めることじゃん?」  それ以上言い返せなくて、俺は唇を噛み締めた。  ―― 幸せかどうかは、直くん自身が決めること……。 『…… 俺、もう、連絡しないっ、もう透さんには会わないっ』  あれは、決別の言葉じゃないか。  あの部屋を出る時に、もう逢えなくなると、俺も分かっていたのに。 「俺は、欲しいものは必ず手にいれるよ。 たとえ奪ってでもね」  光樹先輩の声が、何処か遠くで聞こえているように思える。  直くんが光樹先輩に、「Yes」と言えば、それでもう俺の出る幕はない。  いや、もう既に、俺と直くんの関係は、さっき終わっていたんだ……。

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