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 ―― 幸せのいろどり(89)

 美絵さんは、ダイニングテーブルの上に、優雅な手付きでティーセットを準備していく。  ティーポットからカップに注がれる紅茶から、微かに香りが湯気と共に立ち上がっていくのを見つめながら、俺は話すタイミングを見計らっていた。  彼女が美しい仕草で紅茶をひとくち飲み、胸の辺りで支えているソーサーにカップを置く。 カップとソーサーの重なる音が小さく鳴るのと、同時くらいに、俺は「…… 美絵さん」と、漸く声をかけた。  ただ、名前を呼んだけなのに、小さな肩をぴくっと震えさせて、美絵さんは俺を遠慮がちに見上げてくる。 「話と言うのは、結婚のことです」 「…… はい」  何から話したらいいのか、何て謝ればいいのか、ここに来るまでもずっと考えていたことだけれど、正直な気持ちをそのまま伝えたら、どんなに相手を傷つけるだろうと思うと、なかなか頭の中で言葉を整理できないままだった。  だけど、このまま何も言わずに、縁を切ってしまうよりも…… きっといい方向にいくんじゃないかとも、考えていた。  いい加減な気持ちで結婚という言葉を口にした、こんな酷い男のことなど、早く忘れた方がいい。  生きている限り、時には知らないうちに相手を傷つけたり、自分も傷ついたり。 きっとこれからも、そんなことを繰り返してしまうんだろうけど。  俺はずっと、自分が傷つくのが怖くて、現実から目を逸らして見ないようにしてきた。  だけど今は思う……。 本当は…… 自分が傷つくよりも、相手を傷つけることの方が怖い。 でも、どうやっても傷つけてしまうのなら、隠したりせずに本当のことを言った方がいいのかもしれない。 「…… 俺は、美絵さんと結婚することは…… 出来ません」  じっと俺を見つめていた美絵さんの瞳に、見る見る涙が溜まり、それは瞬きと同時に一筋白い頬に零れ落ちた。 「謝っても、許されるようなことではないと分かっていますが、それでも俺には謝ることしか出来ません」  本当に申し訳ありませんと、俺は頭を下げた。 こんな事をしても、美絵さんの気が済まないことは、分かっているのだけれど。 「…… どうして、ですか?」  頭を下げたままの俺に、美絵さんは遠慮がちに聞いてくる。 「…… それは……」と、下げていた頭を上げて、美絵さんに視線を合わせると、哀しげに潤んでいる瞳に、強い光を感じた。 「…… 好きな方がいらっしゃるんでしょう? だから結婚出来ないとおっしゃるんですね?」 「…… え?」  まさか美絵さんの方から、その話が出るとは思っていなくて、俺は驚きを隠せないでいた。 「知ってるんです、私。 …… 透さんには他に好きな方がいらっしゃることを」

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