326 / 351

 ―― 幸せのいろどり(91)

 美絵さんは、俺の手から写真を指で摘むようにしてスッと取り上げると、弱々しく微笑んだ。 「高岡直って、最初女の子の名前だと思いました……」  写真を眺めがなら、「どこからどう見ても女の子にしか見えませんもの」と、まるで独り言のように呟いてから、俺に視線を合わせた。 「最初は、ショックでしたけど…… 男の子に嫉妬しても始まらないと思い直しました」  美絵さんは、驚きのあまり椅子から立ち上がっていた俺の目の前までくると、ゆっくりとした動作で俺の肩に顔を埋めた。 「…… 美絵さん……」 「だって、いくら好きでも男同士では結婚できないでしょう?」  俺の背中に、そっと美絵さんの腕が回される。 「…… 私は…… 大丈夫です。 透さんがその人のことを好きでも、ちゃんと妻としての役割を果たしますから……」  だから…… と、言いながら俺を見上げる大きな瞳に強い意志を感じる。 「だからお願いです、私と結婚してください」 「美絵さん、それは…… できない」  縋るように抱きついてくる美絵さんの肩に、そっと手を置いて身体を遠ざけようとすると、逆にしがみ付いてくる。 「好きなんです。 ただ、傍にいたいんです。 …… それだけでいいからっ」  美絵さんの声は、最後の方は悲痛な叫びのように聞こえて、俺は胸が抉られるような痛みを感じた。  だけど…… だからと言って、その気持ちに応えることはどうしても出来ないのだから。 「美絵さん、落ち着いて」  そう言って、美絵さんの身体を少し強引に押し返した。 「…… う…… っ……」  美絵さんの瞳からまた大粒の涙が零れ落ちて、頬を濡らしている。 「美絵さん、そんな結婚は辛いだけだよ。 幸せになんてなれない」 「―― 私は…… 私はそれで幸せです。 透さんの傍にいるだけでいいのに、何故駄目なんですか? その人とは結婚出来ないのに」  美絵さんは、そう言いながら大きく首を横に振る。 次から次へと溢れる涙を拭おうともせずに。 「美絵さんが、俺と一緒にいるだけで幸せだと言ってくれるのは、とても嬉しいけれど、その気持ちには俺は応えることができない」  ―― そう…… 俺も一緒にいるだけで…… それだけで幸せだと思える人がいる……。 「俺がずっと一緒にいたいと思う人は、直くん…… その写真の彼だけなんです」  俺の言葉に、美絵さんは俯いてしまった。 そして小さく呟くような声が聞こえてきた。 「…… そんなの、…… ない」 「…… え?」  よく聞き取れずに、少しだけ屈んで聞き返すと、美絵さんは涙をいっぱいに溜めた潤んだ瞳で俺を見上げ、「そんなの、許さない! 世間だって、認めない!」と声を上げて泣きながら、勢いよく俺の首に抱きついた。 「―― あっ!」  その反動で、ガタンッと大きな音と共に、俺は美絵さんに抱きつかれたまま、後ろ向きに床へ倒れてしまった。  傍にあった椅子も一緒に倒れていて……。 「…… っ……」  咄嗟に頭は庇ったけれど、背中と腰を強打して一瞬息が出来なかった。 「…… 美絵さん…… 大丈夫ですか?」  俺の胸に顔を埋めた形で倒れた美絵さんに声をかけると、顔は上げずに小さい声が返ってくる。 「…… 痛…… っ」 「え? 何処か打ちました?」 「…… 足が……」

ともだちにシェアしよう!