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 —— 幸せのいろどり(92)

 倒れる時に、傍にあった椅子に足がぶつかってしまったらしく、取り敢えず冷やしてみたものの、美絵さんの足の甲は、段々腫れてきて内出血もある。 病院で診てもらうと、左足の甲にヒビが入っていた。  アンクルサポーターで固定して、安静にしていれば、2~3週間で治るということだったけれど。  タクシーでマンションまで戻り、リビングのソファーまで俺の肩に寄りかかりながら、なんとか歩ける状態だ。  怪我をした時の状況が状況だけに、俺にも責任がある。 取り敢えず、彼女の父親である社長に連絡しなければ……。 そう考えて携帯を取り出すと、「あ、待って」と、美絵さんが声をかけてきた。 「……あお父様には、私から電話します」  取ってくださいませんか。と、言う美絵さんに、クラッシックスタイルの電話スタンドに置かれてある受話器を手渡した。  ありがとうございます。と、受話器を受け取る美絵さんからは、さっきの激しい感情は消えていて落ち着いているように見える。 「…… あ、もしもしお父様ですか? 美絵ですけど……」  電話の会話を傍で聞いているのも気が引けるので、俺はダイニングテーブルの方へ移動した。 「…… 実は、足を怪我してしまって。 今、動けないんです……」  会話をなるべく聞かないように、俺は他のことを考えようとしていた。  この後、美絵さんを家まで送り届けて、社長に会って、婚約解消の事を話して、辞表を提出しなければならなかった。  それからもう一度此処に戻って、荷物を整理して送り返す手配をして…… と、そこまで考えて思い出した。  荷物を何処へ送ればいいのか、決めていなかった。  今まで住んでいたマンションは、継母に引き払われているので、戻ることは出来ない。 かと言って、実家に送るわけにもいかないし。  考えあぐねていると、電話をしている美絵さんの声が耳に届いてきた。 「ええ。 だから、暫くは此方で透さんと一緒にいますので、仕事の方は…… ええ、お願いします」  —— え?  そこしか聞いていないので、話の内容が理解できなかった。 —— ここで一緒にいますと言うのは、今日はまだ暫く此処にいると言っているのだろうか。 「透さん、ありがとうございます」  美絵さんは、明るい笑顔で俺に受話器を渡した。 「…… あの、社長は何て仰ってました?」 「私が、怪我して動けないと言ったら、じゃあ、透くんに有給休暇を取らせるから、一緒に居てもらいなさいって」 「…… え?」  そんなこと、出来るわけがない。本当に社長はそんなことを言ったんだろうか。 「美絵さん、それは無理だよ。 俺は婚約も解消して、会社も辞めるつもりで……」 「—— 分かってます。 だから…… 最後くらい私のわがままを聞いてくれませんか?」 「…… そんな…… 結婚しないと分かっているのに、此処で一緒に…… なんて駄目だ」 「—— じゃあ、いいんですか……?」  美絵さんは少し頬を紅潮させて、拗ねたような表情で、ふいっと、視線を逸らして言葉を続けた。 「透さんが私と結婚しない理由をお父様に言ってしまっても?」

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