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―― 迷う心とタバコ味の……(28)
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俺の衣服と、髪の毛(ウイッグだけど)の乱れを整えながら、何度も軽いキスを落として「そろそろ、帰ろうか」と、透さんが言う。
「え、もう?」
本当に時間が無いんだなぁ。
「ん?何? 口でするだけじゃ、物足りなかったかな?」
笑いながら話す透さんの言葉は、冗談だって分かってるけど、「そっ、そんな事ないよッ!」って、真っ赤になってしまう。
確かに、もう少し続けたいとは思ってるけど!て、言うか……。
「透さんこそ、大丈夫なの?」
「ん? えっ、ぁッ!」
俺は透さんの 下半身に手を伸ばし、そっと触れてみた。
「透さん、勃ってるでしょ?」
スラックスの上からでも、はっきりと分かる、透さんの熱。
「俺はいいよ、直くん。」
だけど、透さんは、そう言って、笑いながら俺の手首を優しく掴んで持ち上げると、掌にキスを落とした。 カーッと、俺の方が赤くなってしまうっ。
「本当は、真っ直ぐ帰るつもりだったのに、直くんの可愛い格好に、思わず欲情しちゃったよ」
「え?……」
それって……。
その時、少しだけ感じた違和感が何なのか、考える間もなく。
「運転してるうちに、熱も収まるよ」
透さんは、そう続けて、あっさりと車をバックさせる。
車は夜景からあっけなく離れて、そのままUターンして俺のマンションへ向かった。
***
「続きは、また今度ね」
俺のワンルームマンションの前で、車を停めて、最後に触れるだけのキスをして、透さんがそう言った。
―― つづき…って……、
俺の頭は、勝手に続きを想像してしまう。
「じゃあ、また連絡するね」
「うん」
ゆっくりと動き出した車が小さくなって、角を曲がって見えなくなると、やっぱり少し寂しい。
でも、『また』連絡したらいつでも逢える。 恋人ととはまだ呼べない、曖昧な関係だけど。
―― あ、家に入る前に写メするんだったな。
忘れないでよかった。
俺は、女装スタイルのまま、自分の部屋の玄関前で、写メを撮って、姉ちゃんに送信する。
「これでよし」
家の中に入り、ウイッグを取り去り、動きにくいワンピースを脱ぎ捨てて、ベッドの上へ身体を投げ出した。
うーーんっと伸びをして、さっき携帯で撮った、自分の女装の画像を眺める。
――『本当は、真っ直ぐ帰るつもりだったのに、直くんの可愛い格好に、思わず欲情しちゃったよ』
あの時ひっかかった言葉の意味って……。
「女装してるから、欲情したって事なのかな」
もしそうだとしたら、男の俺とじゃなく、女の人とヤった方がいいって事じゃないのかな……。 そんな疑問が頭に浮かんで、打ち消しても打ち消しても、また浮かんできてしまう。
「シャワー浴びよ……」
ひとりごちて、何度も首を横に振った。 それ以上考えるなと自分に言い聞かせて。
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