54 / 351

 —— 迷う心とタバコ味の……(30)

「直くん、どうしたの?」  不意に隣に座っている人に声をかけられて、我に返った。  時間通りに新年会の会場であるバーに到着した俺は、一人でカウンターの隅に座って呑んでいた。  店内はサークルのメンバーが、大体30名くらい入っていて大盛り上がりしていて、店の中央にテーブルを組ませて、料理とビール瓶やジュースが並んでいる。  殆ど立食なスタイルで、あちこちでグループに分かれて、気ままな飲み会と言う感じ。  カウンターの中では、ここの店の経営者の弟である、サークル会長の桜川さんと、あと二人の先輩がビール以外の飲み物を作ってくれている。  今夜の新年会は、どうやら店のスタッフは居なくて、全くの貸し切りにしてもらっているらしい。 「さっきから、溜め息ばっかり吐いてるね」  いつの間にか隣の席に座っていた、ゆり先輩は、さり気なくお互いの腕が触れるくらいに密着している。 「いえ、なんでも…」  顔を覗き込むように見つめてくる、ゆり先輩から逃げるように、俺は手元のグラスに視線を落とした。 「そぉ? 何か元気ないし、いつもの直くんらしくないよ」 「え?そうかな。でも、元気っすよ」  本当は、静かな所で少し一人で考えたいって気持ちもあるけど、やっぱ隅っこで一人で落ち込んでるわけにもいかないなと、笑顔を作った。 「ホント?なら良いけど」  どうやら、上手くごまかせたみたい。 「あれから、会えなかったから、今日来てくれてよかった」  そう言いながら、ゆり先輩は更に密着して腕を絡ませてくる。  ベージュのワンピースの、カシュクールの大きく開いた胸元から、柔らかそうな谷間がちらついている。 「なんか、暑いね?ここ」  そう言うと、ワンピースの上に羽織っていた、黒いボレロを脱ぎだした。  柔らかくて薄い生地のワンピースの胸が、俺の腕に密着してる。  —— これは、明らかに誘っている。  そう思うけど、今夜はとてもそんな気には、なれそうにも無い気がするんだけど……。 「ねえ? この後、二次会行かずに、二人でどっかいこ?」  大きな瞳に長い睫で、上目遣いに見つめてくるゆり先輩は、確かに可愛くて……。  裾の方だけ、ゆるくカールさせた髪が、胸元で揺れている。  —— 可愛いっ、めっちゃ可愛いし、いい匂いするし、これ見よがしの誘いも許せるような気がしてきた。 「うん、分かった」  そう言って、にこっと微笑みかけると、ゆり先輩の顔が、真っ赤になった。  遊んでる風に見えていた、ゆり先輩も、こんな風に赤くなって俯いてたりすると、いつもより可愛く見えたりして。  それに……  透さんだって、彼女と……  だから、俺だって……  別に透さんは、恋人ってわけじゃないし。  久しぶりに、女の子抱いたって、可笑しくないし。  誰に対してでもなく、多分……、自分自身にそう言い訳していた。

ともだちにシェアしよう!